“三”重県と“岐”阜県を結ぶ計画だった三岐〔さんぎ〕鉄道 開業から95年、国内最後のセメント輸送列車が行き交う三岐線のいまむかし #三重県#岐阜県#鉄道 記事に戻る 1928(昭和3)年6月に藤原鉄道へ下付された鉄道敷設免許状の写し=資料/国立公文書館蔵藤原鉄道の鉄道敷設免許申請にあたり近接する北勢鉄道から出された「反対請願」を検証する際に作成された両鉄道の位置関係を示した路線略図=資料/国立公文書館蔵三岐鉄道の免許申請路線を示した略図=資料/国立公文書館蔵本線の一部(四日市起点~1km100m区間)と常盤村~川島村間の免許取消→起業廃止を示した路線略図=資料/国立公文書館蔵1931(昭和6)年の開業に合わせて導入された小型のガソリンカーキハ1形キハ4。1975年に廃車されるまで現存した。(撮影地不詳)=1957年3月24日、撮影/佐藤進一開業当時に活躍した蒸気機関車E101形102号は、三岐鉄道開業70年にあたり嫁ぎ先の住友大阪セメント伊吹工場から里帰りし、現在は三岐線西藤原駅前SL公園で保存・展示されている=2026年9月6日、三重県いなべ市廃車になった鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)の小型電車を改造した小型客車ハフ10形ハフ11。右隣は姉妹車ハフ12=1957年3月24日、撮影/佐藤進一廃車になった鶴見臨港鉄道(現JR鶴見線)の小型電車を改造して1941(昭和16)年に三岐鉄道が購入した小型客車ハフ10形(ハフ11・12)の車両形式図=資料/国立公文書館蔵小型の客車は、先の大戦中のガソリン不足に対処するための策として、蒸気機関車がけん引する貨車と小型の客車を連結した混合列車を運行するために導入された。写真のハフ10形ハフ16は、戦後に神中鉄道(→のちの相模鉄道)から購入したもの(撮影地・年次不詳)=所蔵/佐藤進一神中鉄道(のちの相模鉄道)→三岐鉄道→別府鉄道と渡り歩き、最後は古巣の相模鉄道へと里帰りしたハフ16。かしわ台車両センターでは「ハ24」に復元されたうえで保存・展示されている=1986年、撮影/星 晃三岐鉄道の開業と同時に誕生した小型のガソリンカー。全部で5両製造されたものの、最後まで残っていたのはキハ4だけだった。1975(昭和50)年2月に廃車となり解体された=1974年11月22日、撮影/合葉清治戦後の1946(昭和21)年に、車体の前後に荷物台を取り付け、より多くの物資が運べるように改造された=資料/国立公文書館蔵三岐線を長閑に走る国鉄から嫁いできたキハ80形キハ82気動車(元キハ41000形41097)。撮影地・年次不詳=所蔵/佐藤進一1952(昭和27)年に滋賀県の琵琶湖西岸を走っていた江若鉄道から蒸気機関車1両(C11型2号/前所有者は日燃)を購入した際の申請図面=資料/国立公文書館蔵国鉄から払い下げられたモハ101(中央の車両/国鉄モハ1621)。右は撮影された年に廃車になった気動車キハ2。保々〔ほぼ〕車両区で=1957年3月24日、撮影/佐藤進一1956(昭和31)年に、国鉄から払い下げられた電気機関車1両(ED22形2号)を購入した際の車両認可図面=資料/国立公文書館蔵現在は、三岐鉄道・西藤原駅前SL公園に展示される旧国鉄の電気機関車ED22形2号=2026年9月6日、三重県いなべ市 記事に戻る “三”重県と“岐”阜県を結ぶ計画だった三岐〔さんぎ〕鉄道 開業から95年、国内最後のセメント輸送列車が行き交う三岐線のいまむかし