『おとなの週末Web』は、手料理の魅力も紹介しています。中でもお酒好きなら、お供になる肴にもこだわりたいところ。自宅で作った様々な料理で「おとなの週末」を楽しんでいる年金生活の元男性編集者が、二十四節気に合わせ、自慢の酒肴を紹介します。「霜降」編をお楽しみください。
ししゃもが大好物
「歳月不待人(歳月、人を待たず)」
中国は晋の時代の詩人・陶淵明(とうえんめい、365~427年)の遺した名詩です。年月は人の都合などにかかわらず、ひとときも止まらない……。秋風とともにオイラも67歳になってしまいました。ジジイとしてのランクが一段上がったということです。
ジジイはたいがい焼き魚が好きです。オイラももちろん大好きです。とりわけ、ししゃもが大好物。頃合いよく焼いた小ぶりなししゃもを肴に、酒を傾けるひとときは至福の時間なのです。
なかでも、浜に揚がったばかりのししゃもを、寒風の中で軽く干した「生干しししゃも」には目がありません。ししゃもの目刺しで、脂のりは抜群。焼いた際の香ばしさとほどよい塩加減で酒量は増えるいっぽうです。折しも二十四節気では「霜降」(そうこう。10月23日からの2週間ほど)の頃。明け方の大地には霜が降りる冬の入り口なのです。
ししゃもは、漢字では「柳葉魚」と書き、北海道の太平洋沿岸の一部に棲む日本古来の魚です。サケと同様に生まれた川に産卵のために戻ってくる性質があり、漁で獲れるのは10~11月なかばまでの一時期だけ。いちばんの漁場は釧路沖ですが、苫小牧沿岸の胆振(いぶり)地方の鵡川(むかわ、北海道勇払郡むかわ町)も有名な産卵地です。
この時期のむかわ町には獲れたばかりのししゃもを「生干し」して、店先で干す光景が風物詩になっています。「ししゃものすだれ干し」と呼ばれていますが、潮風と北風にさらされて絶妙の味になるのです。その様子がいい絵なんです。オイラはこの光景が大好きです。まさに日本の秋と言えるのではないでしょうか。
※むかわ町のししゃも漁は資源量が回復していないため2025年も見送り、これで3年連続
「新物の生干しししゃもにお目にかかりたい」
ふと、オイラは思いつきました。コロナ禍もあって塩漬けになっていたJALマイルもたっぷりありました。そこでオイラは2022年、北海道むかわ町に行ってまいりました。「現地で獲れたてのししゃもを手に入れて、さっそく生干しに挑戦」……本音ではそうしたいところですが、現地でも生のししゃもは加工業者か飲食店関係でなければ、まず手に入りません。したがって、今回はオイラの手作り話はナシです。焼き方だけでお許しくださいませ。
2022年、北海道むかわ町へ ししゃもは歴史的な不漁
生干しししゃもは、各地の北海道物産展に必ず登場する名産品ですが、ここ数年のししゃも漁は大変な不漁ということです。北海道庁が取りまとめる水産統計「北海道水産現勢概報」によれば、2000年に2354トンの水揚げだったものが、2021年は172トン。10分の1以下となってしまったのです。2022年は、むかわ漁港でのししゃも漁が解禁となった10月1日の水揚げ量は、わずかに3キロ(!)。記録的な不漁でした。
「ちょっと待った。ししゃもなんてどこの居酒屋でも1年じゅうあるよ」
ごもっとも。そんな声も当然おありかと思います。
ただ、オイラたちが普段遭遇しているししやもは、「北海道のししゃもではない」と思ったほうがいいでしょう。多くは「カペリン」という「ししゃもによく似た魚」で、ノルウェーやアイスランドなど海外で獲られたものなのです。ややこしいことに「カラフトししゃも」という名がつけられ、「ししゃも同然」に出回っているのです。
しかし、味も香りもまったく違います。なにしろ、脂ののりがカペリンにはほとんどありません。ま、それはそれで、カルシウムとしてはうまいのですが……。
いっぽう、解禁日から数日が過ぎたむかわ町。土曜日の早朝、ししゃも漁の拠点であるむかわ漁港に足を運びましたが、港にししゃもの水揚げはありませんでした。聞けば、「資源保護のため、土日の漁は休みなの」と、漁師さん。この時期恒例の「むかわ町ししゃも祭り」も中止だそうで、残念な限りです。漁協の直売所では安定して獲れる天然物の北寄貝(ホッキガイ)は並んでも、生のししゃもの姿はありません。
それでも、「ししゃもの町」には揚がったばかりのししゃもを生干しする光景が見られました。前日の漁では、17キロほどの水揚げとなったそうです。むかわ町で100年近くししゃもを扱う「カネダイ大野商店」のスタッフによれば、「まだまだ獲れていませんが、昨日やっと競り落とせました。でも、漁が始まった時期のししゃもは、メスも卵を抱える前の段階で独特の脂ののりがあり、ものすごくうまいんです」とのこと。「若ししゃもの生干し」と呼ばれています。
むかわ町のお寿司屋さんでも、この時期だけの「生ししゃもの握り寿司」が食べられるようになっていました。遠く旭川からのお客さんも来るなど、皆が待ち望んだ秋の味が楽しめました。生ししゃもを握る大豊寿司のご主人の話では、「漁の解禁は10月1日だったけど、ししゃも握りはきょう(10月7日)からです。うちでは、生のししゃもしか使いませんので……」と、どこかホッとしたような表情のご主人でした。
もちろん、獲れる量が限られているため、新物の生干しししゃも、生ししゃもの握り寿司も安くはありません。けれどここは奮発して、この時期だけの味を満喫いたしました。