音楽の達人“秘話”

ドラクエに熱中、開演直前の杉真理に電話で聞いたこと 音楽の達人“秘話”・山下達郎(2)

『おとなの週末Web』では、グルメ情報をはじめ、旅や文化など週末や休日をより楽しんでいただけるようなコンテンツも発信しています。国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。山下達郎の第2回は、大ヒットゲーム「ドラゴンクエスト」に夢中だった挿話を軸に、日本のミュージックシーンを彩る面々が登場します。

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ドラクエの名曲誕生 きっかけは「すぎやまこういち」が送ったアンケート

1986年、ファミコンのゲームとしてスタートした「ドラゴンクエスト」は、またたく間に大ブームとなった。新しいシリーズが発売される度に、いち早く手に入れたいゲーム・ファンが徹夜で販売店頭に並ぶほどだった。

「ドラゴンクエスト」が発売され、大ヒットになって直ぐに、東京五輪の開会式でも使われたあの印象的なオープニング・テーマを作曲したすぎやまこういち氏(2021年9月30日、90歳で死去)と逢った。グループ・サウンズのタイガースなどの作曲で知られるヒットメーカーのすぎやま氏が、何故ゲーム・ミュージックを手掛けたか知りたかったからだ

すぎやま氏はファミコン発売時から、ファンになったと言う。ゲーム・カセットを買う度に添付されているアンケート用紙に記入し、メーカーに送っていた。そのアンケート用紙を読んだ後に「ドラゴンクエスト」の発売元となったエニックスのスタッフが、偶然にもすぎやま氏が著名な作曲家だと知った。すぎやま氏は、アンケートのほとんどに“ゲームはおもしろいけれど、音楽がつまらない”と記していた。

山下達郎の名盤の数々。1980年の『RIDE ON TIME』(中央上)は、同名シングルの大ヒットを受けて制作された

「ウイスキーが、お好きでしょ」の杉真理はゲームの達人

山下達郎も「ドラゴンクエスト」にはまったひとりだ。彼にスタジオなどで偶然に出逢うと、ゲームをクリアするのに何十時間かかったとか、お互いに聞き合ったものだ。山下達郎のクリア時間は、かなり短く、相当ゲームにはまっていることが伝わって来た。マイコン時代が来る前の話だ。

その頃の音楽シーンにはゲームの達人がひとり居た。山下達郎と同じシンガー・ソングライターの杉真理(まさみち)だ。山下達郎夫人の竹内まりやの慶應大学の先輩で、彼女の音楽シーンへの導者だった。彼女が2010年にヒットさせた「ウイスキーが、お好きでしょ」の作曲者でもある

山下達郎は大瀧詠一が主宰したナイアガラ・トライアングルの第1期のメンバーだった。第2期ナイアガラ・トライアングルのメンバーは杉真理である。ちなみに第1期ナイアガラ・トライアングルの山下達郎以外のメンバーは伊藤銀次で、第2期は、佐野元春だ。いすゞ117クーペを愛車としていた杉真理は、山下達郎の良き友人でもある

「もしもし、杉くん、今どこ?」「渋公で開演直前なんです」

ある日、杉真理と逢った時、ゲームの話から「ドラゴンクエスト」の話になった。その話から山下達郎の話になった。「ドラゴンクエスト」に熱中していた山下達郎は、あるダンジョン(迷路のような閉ざされたステージ)にはまり込んで、どうにも主人公を脱出させられなくなった。そこで、ゲームの達人杉真理に電話をしたのだ

その時、杉真理は、渋谷公会堂でコンサートをまさにスタートさせようとしていた。そこへスタッフが山下達郎から緊急の電話が入ったと伝えられる。まだ携帯電話が登場する前の話だ。緊急の電話が今よりも重要視されていた時代だった。

“もしもし、山下ですけど、杉くん、今どこ?”と山下達郎。
“渋公で、開演直前なんですけど…”
“あっ、そう。ごめんね。実は俺、今××××のダンジョンにいるんだけど、どうしても抜け出せなくて…”

優しく人のいい杉真理は、ダンジョンからの脱出方法を教えた。教え終わったのは本番を告げる2ベルの後だったという

山下達郎というと流行に左右されない人というイメージをお持ちの方もいるだろう。だが、そんなことは無い。若き日の彼は、トレンドに実に敏感だった。但し、トレンドに流されることなく、自分に合ったもの、本当に好きになれそうなものだけを取り入れていた

「ドラゴンクエスト」がトレンドだからやっておこうでなく、本当に彼にとって良き余暇、息抜きだったのだろう。ゲームに夢中になる山下達郎。そこに少年のような純粋さがうかがえる

1991年の『ARTISAN』(中央下)は30年後の2021年夏、最新リマスターによる『ARTISAN(30th Anniversary Edition)』としてCDとLPが発売された

岩田由記夫

岩田由記夫

1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

【連載第3回】メッセージ・ソングは作らない、山下達郎は「市井の人」 音楽の達人“秘話”・山下達郎(3)

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