コロナ禍でなかなか温泉にも行けない状況です。せめて、記事の中だけでも温泉に行った気分になりませんか? 本誌で料理写真を撮影しているカメラマン・鵜澤昭彦氏による温泉コラムです。
画像ギャラリー毎週やってくる週末、どこか遠くの温泉に行きたいなぁ〜! などと呑気なことを言っているそこのあなた、今回は福島県のJR磐梯熱海駅近くにある素晴らしい日帰り温泉施設に行ってみたので仏前に手を合わせるようにして、心して読むように、そして読んだら最後必ず行くのじゃよ(笑)。
快楽主義型温泉愛好家の落語家との旅のはじまり〜
その前に今回の俺の相棒を紹介する、落語家の「柳家獅堂」師匠である。
師匠とは30年来の腐れ縁、いや失礼、良いお友達関係で、俺は師匠が二つ目のころの名前「柳家風太郎」の「風」をとって「風ちゃん」と呼ばせてもらっている、師匠もまた割と煩い快楽主義型温泉愛好家なのである。
さて始まり始まりでございます。
「いやいや親方、本日はお日柄もよく、ご指名を賜りました、柳家獅堂でございま。この度は温泉の旅をご一緒させていただき、恐悦至極でございます。」などどいって俺の車に乗り込んできた「風ちゃん」は乗り込むなりいきなり、言い放った。
「ところで親方とご一緒に温泉に連れて行っていただけるので、親方の顔を立てて今回は特別の特別に『風ちゃん』と呼ばせてあげますよ。ただし、せつが納得できないお湯でしたら即座にせつの前にひれ伏して『大師匠』すみませんでしたって謝っていただきますからね、覚えておきなされよ」
「風ちゃん、今回の温泉は俺も行ったことがないんだが、絶対後悔させないからノアの箱船に乗った気持ちで付き合ってよ」
「ノアの箱舟ってなんですか、でも親方がそこまで言うなら仕方がないでゲス、それでは本当によろしくお願いざんすよ……グ〜ッ」
「あっ、寝るなよこのタコ!!」
「せつはイカでございますから寝るのでございますよ」
「ZZZZZ…….」 車内でたっぷり寝た後おもむろに起きだした師匠に、「風ちゃん、暇ならさ〜眠気覚ましに『目黒のさんま』ぐらい聞かせてよ」などと言って見たら、「あれは秋刀魚の季節じゃないとやれないネタでガスからまたね、そしてせつはまだまだ寝るのでございます」、などど軽くあしらわれ、悔し涙を流しながら車は東北自動車道から磐越道に乗り替え一路、北北西に突き進んだのでありました。
開湯から800年余り歴史ある名湯
本日の目的地は福島県郡山市の磐梯熱海温泉。開湯から800年余り、古くから美人を作る名湯として親しまれてきた温泉だ。
この磐梯熱海温泉街は、郡山の奥座敷として発展してきた温泉街でその昔、伊豆からやってきた殿様(伊東祐長)がこの地を治めていた頃、故郷である伊豆の温泉をしのんで、ここに湧く温泉を「熱海」と名付けたことから来ているそうだ。
今回は磐梯熱海温泉の中でも知る人ぞ知る立ち寄りの湯治湯「『霊泉』元湯」におもむこうと思う。
「『霊泉』元湯」のお湯加減は如何に!?
「『風ちゃん』起きなよ、着いたよ!」
車はJR磐梯熱海駅前に到着した。
「親方、随分早かったですね〜。あ〜ちゅう間に到着ですか?」
「オイオイ!寝すぎだよ」
「起きざめの湯は気持ち良いと昔から決まってますから、せつはわざと惰眠を貪っていたのでありますよ」
まだ、うたた寝しながらうだうだ言う師匠を連れて車を降りた俺は携帯で共同浴場の位置を確認した。およそ駅より2分の場所を地図は指している。
「『風ちゃん』こっちこっち」
ここの道を曲がって「おっ発見!!」
「昭和レトロの門構えが出てきたよ」
「本当でゲスね、これは期待ができそうで身が引き締まりやす。そんでキン○マも、ついでに引き締まりやす」
玄関の引き戸をガラガラと音を立てて開けると気の良いオヤジさんが「一人500円だよ」と声をかけてきた。
「はい二人で1000円」とお金を渡しながら料金表を見ると概ね二時間までの入浴と書いてある。 俺たちは「二時間は幾ら何でも入りきれないだろ〜」と笑いながら脱衣場に向かった。
(その時、後ろでオヤジさんの眼鏡がキラリと光ったのを俺は迂闊にも気がつかなかったのだ)
いち早く脱衣場で素っ裸になった師匠は「なかなか良い感じの浴槽ですね、お先に失礼して体を温めてまいりま〜す」とそそくさと浴室に入って行った。
「あっ! 『風ちゃん』そのお湯は!!!!!」
俺が言葉をかける間もなく浴槽の湯を湯桶で肩からかける動作に入った師匠は、湯をゆっくり身体全体にかけ始めた。
慌てて裸になり浴室に入った俺に、師匠は「親方〜、スーパーぬるいざんす、このお湯」と肩を震わしながら言った。
俺は「そうなんだよ、『風ちゃん』このお湯ぬるくて有名らしいんだよ」
「お〜や〜か〜た、かける前に言って〜くだせい〜」。顔に縦スジ入れながら師匠は言った。
「ごめんごめん、あっちの小さい湯船がたぶんあつ湯だよ。まあまあ機嫌なおして、な、な、」
師匠をあやしつつあつ湯に入り、数分のちに身体を十分に温めた俺たちは、リベンジとばかりぬる湯に身を沈めた。
湯の温度に動揺することもなく静かに湯に浸かると、魂が口から出て行きそうな快楽が襲ってきた。
「『風ちゃん』これは冷泉に近いね、微かに硫黄の匂いがするよ」
「さいざんすな〜、最初掛け湯をした時は驚きましたが慣れるとまっことさらさらした湯で、よい感じがしますな〜」
「うん、少しでも湯の中で動いてしまうと寒いけど、身体の温度で逆に身体を取り巻く湯の温度を上げるくらいの気持ちで入っていると、あら不思議! だんだん体が温まってくるような、こないような。微妙〜な感覚がたまらないな〜(笑)」
俺たちは体が冷えたと思ったらあつ湯にいき、暖まったらぬる湯に入った、この繰り返し行為が俗に言う「交互浴」だと思う。
「『風ちゃん』、熱湯とぬる湯の繰り返し、本当にたまらないね〜! この分だと俺たちこの繰り返しで二時間ぐらい軽くクリアしそうだね」
「いやぁ、まったくでございますな。溜まりに溜まった毒素が体外にスッキリ出て行くようでゲス。ある意味ここの湯、至高の湯のひとつではないでしょうか! む〜う、たまりません、実にたまりません、極楽です」
「親方〜ん、せつのことをこれからも『風ちゃん』と呼んで良いでゲスよ」
「おおっ『風ちゃん』サンキュー!」 。俺たちは時間を忘れて繰り返し湯に入りつづけたのであった………。
【おまけ】ぬるま湯の浴槽の温度とは
ぬる湯の浴槽はおよそ3.5m×3mぐらいで温度はおそらく30度前後、この浴槽には3つの吹き出し口があり新鮮な湯が常時流れ出している。
後で聞いたところ、こちらの浴槽には「『霊泉』元湯」の源泉(だいたい20度程度)と温泉神神社の源泉(およそ30度程度)、市営源泉(42~43度強)の3種類の源泉が混入されているそうだ。
ちなみにあつ湯の浴槽はおよそ3m×1.7mぐらいで、市営源泉(42~43度強)が流れ込んでいる。
また、「交互浴」は本来、「ぬるい湯」に入ってから、「あつい湯」に入るそうだ。
■磐梯熱海温泉 共同湯「霊泉」元湯
熱海温泉合資会社
[住所]福島県郡山市熱海町熱海4−22
[電話番号]024-984-2690
[泉質]アルカリ単純温泉
[温泉固有の適応症]きりきず、やけど
[一般的適応症]神経痛、関節痛、疲労回復、冷え性など
[入浴時間帯]6時〜20時※19時半で受付終了
[料金]6時〜:大人500円、子供50円
14時〜:大人300円、子供150円
16時〜20時:大人250円、子供125円
※概ね2時間までの入浴
[日帰り入浴(2階大広間利用)]8時〜16時:大人1000円、子供500円(飲食持込可)
文・撮影/鵜澤昭彦
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