天皇家の食卓

天皇陛下が皇太子時代に英国留学で覚えた「朝食のコーヒー」を淹れる愉しみ

皇居東御苑の樹々

2024年2月23日、天皇陛下は64歳の誕生日を迎えられた。即位されてのち、つねに穏やかに国民に寄り添い続けられている。昨年は、学習院創立150周年記念として、陛下が皇太子浩宮さまだったころの英国オックスフォード大学留学…

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2024年2月23日、天皇陛下は64歳の誕生日を迎えられた。即位されてのち、つねに穏やかに国民に寄り添い続けられている。昨年は、学習院創立150周年記念として、陛下が皇太子浩宮さまだったころの英国オックスフォード大学留学記『テムズとともに ――英国の二年間』が新装復刊されて話題となった。日本を離れて青春を謳歌していた英国で、浩宮さまが新鮮な生活を送られたご様子が、みずみずしい筆致で描かれている。英国で、浩宮さまはある愉しみを発見されたという。今回は、皇太子浩宮さまの朝のひとときの物語である。

ご自分でコーヒーを淹れて家族に振舞う

皇太子浩宮さま(今の天皇陛下)が、独立して赤坂御用地の東宮仮御所にお住まいだったころのこと。天皇陛下(今の上皇陛下)と美智子さまは、朝のお散歩がてらに、浩宮さまのところに行かれることがたびたびあったという。美智子さまのお住まいから東宮仮御所までは、歩いて数分の距離だった。

皇居東御苑の百人番所

赤坂仮御所で、浩宮さまは部屋にコーヒーミルとコーヒーメーカー、カップなどのセットを置かれ、ご自分でコーヒーを淹れていた。それまでの天皇家では考えられないことだった。

美智子さまは、そぞろ歩きをしながら小道で摘んだつくしを手にしたり、リンゴを一つ二つお土産にお持ちになる。ときには紀宮さま(今の黒田清子さん)がご一緒されることもあった。すると、浩宮さまはご自分でお淹れになったコーヒーを、陛下や美智子さま、紀宮さまにご馳走され、そのまま朝食をご一緒されることもあったという。家族で団らんしながらコーヒーを飲む姿は、たいへんほほえましいものだった。

ご自分でコーヒーをいれる愉しみを知ったことは、浩宮さまにとって英国留学の大きな収穫だっただろう。

オックスフォード留学で覚えた朝のコーヒー

皇太子浩宮さま(今の天皇陛下)は、1983年6月から1985年10月まで2年あまりにわたって英国に滞在し、オックスフォード大学に在学された。かつて学習院大学の卒業論文として「中世瀬戸内海水運の一考察」を書かれた浩宮さまは、一貫して水問題に取り組まれていた。

オックスフォード大学で過ごした2年余りの間、浩宮さまは英国ロンドンの中心を流れるテムズ川の交通史を研究し、論文にまとめられた。一方で、20代の浩宮さまが日本での皇太子という立場から離れ、自由を得て見たり聞いたり体験したことを綴った青春の記録が『テムズとともに』であった。

若き皇太子殿下にとって、自由な日常生活の一つひとつが、ワクワクする面白いできごとにあふれていた。そんなオックスフォード大学での寮生活のひとこまとして、大切そうに書かれている1節がある。食堂で朝食をとったあとの過ごし方である。

「自室に帰ると自分で淹れたコーヒーを飲みながら、新聞に目を通すのが常であった。コーヒー用の湯沸かしポットは入学後に市内の店で購入したもので、湯が沸騰すると自動的にスイッチが切れる仕組みのものである。……」(『テムズとともに――英国の二年間』より)

ご自分で淹れたコーヒーの味は、さぞかし心に沁みるものだったに違いない。

皇居東御苑の樹々

「豆はファインですか、ミディアムですか」

コーヒー豆もご自分で購入された。市内にとても新鮮なコーヒーを豆で売っている店があった。初めてその店に入ったとき、浩宮さまが面食らうできごとがあったという。

コーヒー豆を挽いてほしい、という浩宮さまの注文に、店員は、「ファインですか、ミディアムですか」と尋ねたのだ。店員は「細かくひくのか、それとも中くらいにするのか」と確認したのである。何のことかわからなかった浩宮さまは、返答に窮してしまう。

「その場は何とか乗り切って、一つ語彙が増えたように思った。」(前述同書より)

と、浩宮さまはその文章を、さも愉快そうに結ばれている。きっと、あとからそのシーンを思い出しては、クスリと笑っていらっしゃったに違いない。

小さな日常生活の中に喜びを見出して愉しまれる。そして、その愉しみを周りの人々にお福分けされる。今の天皇陛下の穏やかな笑顔とたたずまいを育てたのは、この留学時代だったのかもしれない。(連載「天皇家の食卓」第14回)

濠で遊ぶ鳥

文・写真/高木香織

参考文献/『テムズとともに――英国の二年間』(徳仁親王著、紀伊國屋書店)、『新しい時代とともに――天皇皇后両陛下の歩み』(宮内庁侍従職特別協力、毎日新聞社)、『殿下の料理番 皇太子ご夫妻にお仕えして』(渡辺誠著、小学館)

高木香織
たかぎ・かおり。出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから眞子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、カレンダー『永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅―未来へー』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。

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