「三億円事件」をモチーフにした作品『閃光』などで知られる作家・永瀬隼介氏は、鹿児島県霧島市出身。最新作は、出身地・霧島の元刑事を主人公にした作品だ。地元愛あふれる永瀬氏が、自らつづった霧島、そして鹿児島の名店、歴史ある名…
画像ギャラリー「三億円事件」をモチーフにした作品『閃光』などで知られる作家・永瀬隼介氏は、鹿児島県霧島市出身。最新作は、出身地・霧島の元刑事を主人公にした作品だ。地元愛あふれる永瀬氏が、自らつづった霧島、そして鹿児島の名店、歴史ある名所案内紀行を2回にわたって紹介する。今回は、その第1回。
地元出身の作家も「霧島七不思議」に感激
警察小説を書き始めて4半世紀近くになる。そもそもはノンフィクションライター時代、手がけた数多の事件モノで書けなかった、いわゆるヤバイ話を生かすべく、取り組んだ小説稼業だった。
元刑事は事件ノンフィクションの重要な取材源である。酒席での昔話となると、現役時は鋼のごとく固かった口も些か緩むことがあり、斬った張ったの武勇伝から失敗談まで、話題は尽きない。そんな取材の中で、ぽろっと「三億円事件」(1968年)の捜査経験を口にした元刑事がいた。この未解決事件の取材を密かに進めていたわたしは、僥倖に感謝しつつ声を潜め、ある男の名を挙げてみた。すると元刑事は暫し沈黙の後、こう告白したのである。
「おれも上司に、そいつをもう一度洗うべき、と進言したよ。すると“全国25万の警察官とその家族を路頭に迷わす気か”と怒鳴られて終わりさ。三億円事件の犯人は判っていたんだよ」
わたしは真犯人と確信し、『閃光』(2003年)を書き上げた。以後、警視庁の刑事たちを様々な物語の主人公に据えてきたが、小説舞台の新たな地平?を模索するなか、「故郷鹿児島の刑事が主人公の小説はどうだろう」と思い立ち、悪戦苦闘、なんとか『霧島から来た刑事』(2020年3月刊)の上梓に漕ぎつけた次第。今作『霧島から来た刑事 トーキョー・サバイブ』はその続編となる。
執筆の過程で故郷を改めて歩いてみると、知る人ぞ知る、いぶし銀のような魅力が見えてきた。満腔の郷土愛と、少しばかりの独断・偏愛で選んだ鹿児島の見所、味わい処を紹介しよう。
まずは、わたしが生まれ育った霧島市。ここには南九州最強のパワースポット、と謳われる霧島神宮がある。
深い森に抱かれた朱色の神殿は国内外の観光客に大人気だが、賑やかな境内から一歩脇へ入ると、昼なお暗い杉木立の中に旧参道が。苔むした階段の途中には亀の形をした岩が鎮座し、これぞ霧島七不思議のひとつ、亀石である。
階段を下りきると七不思議最大の謎、御手洗川が現れる。この小川は11月~4月頃まで涸れ川だが、5月頃、突如、岩の下から大量の清水がヤマメやハヤと共に湧き出し、川藻が揺らめく清流を創り出してしまう。南国の新緑の中、初夏の陽光を浴びて輝く幻想的な湧き水の神々しさは、それはもうため息が出るほど。
椎茸の旨味も隠し味「ラーメン」が地元で大人気
湧き水が豊富な鹿児島は養鰻業も盛んで、ウナギの生産量はダントツの日本一(2位の愛知県の倍近く)。このウナギの名店が霧島神宮近くの『よし宗』だ。周囲は山また山の、ポツンと一軒家風の店舗は常時行列が絶えない超人気店であり、炭火でこんがり焼いた肉厚の蒲焼きは、九州中の食通の垂涎の的とか。
県民のソウルフード、ラーメンは鹿児島市内の老舗店『こむらさき』や『くろいわ』『のり一』等が有名だが、霧島にも舌の肥えた地元民が愛してやまない店がある。鹿児島空港から2kmほど北上した山間部、県道沿いにひっそりと佇む、古き良き昭和のドライブインのごとき趣きの『まことラーメン』がそれ。細めの自家製麺に、豚骨、鶏ガラ、原木椎茸の旨味を凝縮したスープは絶品。分厚い炙りチャーシューと、ふわっと盛られた花かつおが食欲をいや増す。
近くには山あいの無人駅ながら、全国区の知名度を誇る嘉例川駅(JR肥薩線)も。明治36年(1903年)の開設以来、120年余り後のいまも現役の木造駅舎(国の登録有形文化財)には見学者が引きも切らず。わたしが子供の時分は、草深い田舎の、忘れ去られたような小さな駅だっただけに、隔世の感がある。
霧島連山の中腹に広がる霧島温泉郷は、砂蒸しが有名な指宿温泉と並ぶ、鹿児島を代表する名湯だが、わたしのイチ押しは国分平野を流れる天降川沿いの日当山温泉だ。共同浴場や旅館が点在する県内最古の温泉場は、西郷隆盛が頻繁に逗留したことでも知られる。この維新の英傑はひなびた温泉宿を根城に、狩猟やアユ釣りを存分に楽しんだとか。霧島連山と桜島を一望のもとに見渡す眺望も抜群。
天降川の上流には、坂本龍馬とお龍が新婚旅行で10日ほど滞在し、故郷土佐の姉乙女へ「此世の外かとおもわれ候ほどのめずらしき所ナリ」と書き送った塩浸温泉があり、龍馬ファンの一大聖地となっている。
ちなみに司馬遼太郎の『竜馬がゆく』には、塩浸温泉取材時のこんな体験談が。
「みなけげんな顔をした。そんな温泉は聞いたことがないという」「わざわざ京都から薩摩へ新婚旅行にでかけたこの道の草分けともいうべき竜馬の温泉は、ほとんど地名さえ忘れられている」
フェイドアウト寸前の山深い渓流のほとりの小さな温泉を、広く世に知らしめた『竜馬がゆく』には畏れ入るばかり。次回は鹿児島の名を世界に轟かせたあの映画を中心に紹介する。
文:永瀬隼介(作家)
「週刊新潮」の記者として活躍し、その後小説家に転身。『サイレントボーダー』『閃光』など数多くの犯罪小説を刊行。2020年に出版した『霧島から来た刑事』が好評で、3月13日に第2弾『霧島から来た刑事 トーキョー・サバイブ』が刊行される。ノンフィクション作家としては、『19歳―一家四人惨殺犯の告白』などの作品を手掛ける。
『鹿児島から来た刑事 トーキョー・サバイブ』
鹿児島県警の元敏腕刑事が愛妻を亡くして自暴自棄になる中、以前東京で知り合った元ヤクザから「恋人が失踪した」とのSOSの電話が入る。背後には、霊感商法の巨大宗教法人があり、腐敗した政治家との癒着も明らかになる。元やくざの恋人は、宗教2世だった。無骨だが正義感あふれる元刑事による「薩摩隼人流」の捜査が、犯人を追い詰める。