旅と銭湯をこよなく愛する、温泉ソムリエ&熱波師のライター・森田幸江が、ローカルな温浴施設の湯と人情、お風呂上がりの「ちょっと一杯」を求めて今日もどこかを股旅します。沖縄市安慶田にある『中乃湯』でひとっ風呂浴びたあとは、沖…
画像ギャラリー旅と銭湯をこよなく愛する、温泉ソムリエ&熱波師のライター・森田幸江が、ローカルな温浴施設の湯と人情、お風呂上がりの「ちょっと一杯」を求めて今日もどこかを股旅します。沖縄市安慶田にある『中乃湯』でひとっ風呂浴びたあとは、沖縄市照屋にある居酒屋へ。『飲兵衛倶楽部 かみさん』で聞いた衝撃の話とは!?
中乃湯から徒歩8分、酒飲みセンサーが反応
お湯で火照った身体に夜風をまとい、『中乃湯』を出てあてもなく道をゆくと、徒歩8分ほどでコザ十字路の交差点までたどり着いた。
すると、交差点からすぐ横に伸びる小さな路地に、なにやら心をそそる灯りが見える。店の外側にはシートをかけられた屋外席が張り出して、琉球泡盛「菊之露」ののれんがちらちらと舞う。
酒飲みセンサーが激しく振動。よし、このお店しかない。
そのときの自分は、まだ気づいていなかったのだ。これから訪れるその店には、素敵な「ある秘密」が隠されていたことに。
ご主人に挨拶をしてカウンター席に通してもらう。
「うちはボリュームが多いよ」とおっしゃるので、同行者とふたりでまずは、「おすすめプレート(日替わり小鉢4~5品)」(600円)と「ビール(缶)」(300円)を頼む。
カウンター越しにじゅうじゅうという音を愉しむことつかのま、出されたプレートの一角には立派なエビの炒めものが湯気を立てる。
乾杯! 風呂上がりの乾いた身体に沁みるビールと、ぷりんとめくれたエビの塩味が夜の始まりを告げる。
子ども食堂の走り!?
期待を胸に「ソーメンチャンプル」(500円)を注文すると、まこと大盛り。カリっと火の通ったにんじんに、ハムの細切りがかもす旨みが、ソーメン自体の「油を得てつやつやと満ちる」食感とあいまって、箸をどんどんと進めていく。口中をアツアツの麺で満たす幸福感も間違いない。
厨房がすこし落ち着いたところで、「どうしてこんなにお値打ちなのに、ボリュームいっぱいなんですか?」とついつい聞いてしまった。
すると店主の神山長輝さんはぽつぽつと、「前はパーラーをやっていてね、お腹をすかせた子どものために、100円ランチを出していたんだよ」と語ってくれたのだ。
驚いた。いまで言う「子ども食堂」など、なかったころの話だ。大人になるまで苦労を重ねられた神山さんは、ストリート・チルドレンなど生活に困窮した子どもたちを見過ごせず、ただ同然でランチを振る舞っていたのだという。
「噂が噂を呼んじゃってね。隣町からも学生が来たりしたよ。でも出してやりたいからね。パーラーはもちろん赤字だったけど、高給の肉体労働を掛け持ちして補填して、寝る間も惜しんで働いたんだよ」
そのころ常連だった子どもたちが、成人してから照れくさそうにお酒を飲みに来たりもするそうだ。それはどれだけうれしい報告だったことだろう。
思わず笑みをこぼしながら、最後に「お好み焼き」(600円/不定期提供)を注文した。
「それね、パーラーのときからの人気メニュー。山芋でよく膨らましてあるから、お腹がいっぱいになるんだよ」
アツアツを口にして、はっとした。その頃の子どものように、「誰かのおかげでお腹を満たす幸せ」を、追体験するようだったのだ。
ほろ酔い加減になってのれんを出て、もういちど夜空を見上げた。
色濃くなった高い空は、いまも昔も変わらず沖縄を包みこむ。のんべえも子どもも分け隔てることなく、暮らしを見つめる夜空だろう。
■『飲兵衛倶楽部 かみさん』
[住所]沖縄県沖縄市照屋1-1-4
[電話番号]080-6482-5102
[営業時間]17時~24時
[休日]不定休
[支払方法]現金のみ
[交通]「那覇空港国内線ターミナル」から琉球バス具志川空港線「コザ」まで1時間、「コザ」から徒歩3分
取材・撮影/森田幸江
旅と銭湯をこよなく愛する、温泉ソムリエ&熱波師のライター。講談社の雑誌編集者、アメリカ大使館ライターを経て現職。趣味のプロ野球遠征からひと足伸ばし、ローカルな温浴施設の湯と人情、お風呂上がりの「ちょっと一杯」を求めて今日もどこかを股旅します。