職人技への誇り「石頭」のヴィトン
「私は手技で仕事ができるということが、仕事の中でいちばん美しいと思っています。ルイ・ヴィトンには職人技に対する矜持(誇り)を大切に扱うメンタリティーがありますから、職人技である三陸のカキ養殖文化を支援することは、とても自然な流れだと思います。ぜひ養殖場を復活させてください」
支援を受ける側に対して、上から目線でなく、一歩下がって友人のように接してくれる対応に学ばされるものがありました。
「ヴィトン」という名は、ドイツ語起源の「固い頭(石頭)」という意味だそうです。それは、妥協を許さない、職人気質を意味します。ヴィトン製品は、デザインはもとより、品質は誰もがみとめていますよね。
パトリックさんはスペシャルオーダーという特注のトランクやバッグを制作する部門の責任者だそうです。木箱職人としての一族のルーツに従って、このアトリエで一介の職人として修業を始めたのは、おばあさまのすすめだったそうです。1973年、22歳でした。やがて、工房のすべての役職を経験し、ルイ・ヴィトン社の階段を上がっていったのです。
最初に担当したのは、日本の指揮者のため設計、制作したハイファイ・オーディオを入れる大きなトランクでした。
「だから私は日本が好きなんですよ。」
と、丸い瞳を細くして笑いました。
働く人にこそ、ルイ・ヴィトンは似合う
2012年6月20日、パトリックさんと会社の重役の人たち一行が、気仙沼にやってきました。
巨大な漁船が街の中に打ち上げられ、どこまでも続くがれきの山を目のあたりにした一行は、津波の巨大さを改めて認識したのです。
峠を越えて、カキじいさんの養殖場のある舞根湾に近づくと、家が一軒もなく、裸同然の姿に、復興の兆しを探すのは困難な様子でした。陸側の風景はどこを見ても絶望しかありません。でも、一転して海に目をやると、カキの養殖筏が整然と並んでいます。
「海は復活しているのですね」
パトリックさんはパイプをくゆらせながら、肩を抱いてくれました。
一行を養殖場に迎えるにあたって、わたしに1つのアイデアが浮かんでいました。働いている女性たちに、スカーフを頭に巻いて出迎えてもらうことです。
その姿を見て、パトリックさん一行は、相好をくずして喜びました。スカーフはLとVのマーク入りのルイ・ヴィトン製だったからです。女性たちは20代から70代の混成チームです。スカーフは、東京駅の店に寄り、店員さんと相談し30人分、年代別に選んでもらいました。一生懸命働いてもらったことへの感謝の印です。
ニコニコされているパトリックさん一行に、次のように語りました。
「働く人にこそ、ルイ・ヴィトンは似合う」と。
さっそく船に乗ってもらい、養殖筏に案内しました。何通りものロープの結び方、スギの長木を組み合わせての筏の作り方、一つひとつ形の違う殻から身を取り出すむき方など、どの工程にも人間の手が入っています。