国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、休日のドライブで聴きたくなる名盤を紹介します。今回、取り上げるのは、米シンガー・ソングライターのボブ・ディラン(1941年5月24日~)です。1962年、アルバム『ボブ・ディラン』でデビュー。以来、60年以上にわたり、世界中で聴き継がれています。2016年12月にはノーベル文学賞も受賞。2025年春には大規模な北米ツアーも始まります。この音楽界の伝説が、1963年にリリースした『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の魅力をご紹介します。
画像ギャラリー国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、休日のドライブで聴きたくなる名盤を紹介します。今回、取り上げるのは、米シンガー・ソングライターのボブ・ディラン(1941年5月24日~)です。1962年、アルバム『ボブ・ディラン』でデビュー。以来、その音楽は60年以上にわたり、世界中で聴き継がれています。2016年12月にはノーベル文学賞も受賞。2024年春には大規模な北米ツアーも行いました。この音楽界の伝説が、1963年にリリースしたセカンドアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の魅力を紹介します。
ノーベル文学賞受賞、もはやミュージシャンの枠にとどまらない
音楽をさほど詳しくない方でも知られているミュージシャンは存在する。ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランなどは先頭のリストに位置する。約8年前、ボブ・ディランはノーベル文学賞を受賞した。
そのニュースによって、彼の名声は津々浦々までまった。もはや単なるミュージシャンにとどまらず、社会現象となったのだ。
日本未発売の『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』を聴いた1963年
ぼくとボブ・ディランとの初めての出逢いは、アメリカでは1963年5月に発表された本作『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(原題:The Freewheelin’ Bob Dylan)」だった。アメリカ発売と同時でなく、その年の終わりにフォークソング・マニアの先輩宅で聴かせて頂いた。当時、まだ日本盤は発売されていなくて、先輩はアメリカの通信販売で、苦労してそのアルバムを購入したと言っていた。
本作発売の前年、1962年にアメリカではデビュー・アルバムがリリースされていたが、ほとんど話題にならなかった。本国アメリカでもボブ・ディランは無名の存在だったのだ。
夢見る13歳だったぼくは、まずこのアルバ ムのジャケットに魅せられた。冬の都会(後にニューヨークと知った)を雪を踏みしめて歩くカップル。何てカッコ良く幸せそうなん だと恋に恋してた13歳のぼくは思った。
後に女性がディランの最初期の恋人のひとり、スージー(スーズ)・ロトロと知った。彼女の回想録は日本でも『グリニッチヴィレッジの青春』のタイトルで、2010年に出版されている。
大ヒット「風に吹かれて」が1曲目、悪声なのに人の心を撃つ魅力
アルバムは日本では、米フォークグループのピーター・ポール&マリーのヴァージョンでヒットした「風に吹かれて」(原題:Blowin’ In The Wind)で始まる。世界的に有名な、そして1960年代初期を代表するこのプロテスト・ソング(権力や社会への抗議のメッセージを含む歌)は、 1962年7月9日に録音された。ボブ・ディランはまだ21歳だった。
初めてこの曲を聴いた時、何という声だと13歳のぼくは思った。当時の音楽シーンでは、歌手は歌が巧く、声が良いのが当たり前だった。なのに悪声とも言えそうなこのヴォーカル。でも、この曲には人の心を撃つ魅力があった。
大のお気に入りは、「くよくよするなよ」
ザ・ビートルズ が全世界デビューして、世界の音楽シーンをひっくり返す前年に『フリーホイーリン・ボ ブ・ディラン」が発売されていた。それは本当にすごいことだった。後に評論家となって音楽の沼にはまればはまるほど、その思いはぼくの中では強まった。
「北国の少女」(原題: Girl From The North Country)、「戦争の親玉」(原題:Masters of War)、「はげしい雨が降る」( 原題:A Hard Rain’s A-Gonna Fall」など名曲が揃うこのアルバムの中で、ぼくの大のお気に入りは「くよくよするなよ」(原題:Don’t Think Twice, It’s All Right)だ。
この曲は1962年11月14日に録音されている。ディランはまだ21歳だった。恋をテーマにし たこの曲のハイライト部分は、“ぼくは心を捧げたけれど、彼女はぼくの魂を欲しがった ”という一節だ。心は捧げられても魂までは愛する人にも与えられない。恋というものの奥深い秘密を21歳の若者がすでに知って、歌っている。究極の恋に対するニヒリズム。何と重い言葉だろう。
『フリーホイーリン・ボブ・ディラン」は 全米22位、全英No.1の大ヒットとなり、彼の名声はこのアルバムで確立された。62年前の作品なのに、その歌詞は21世紀の現代でも色あせていない。
キャット・パワーが、ディランを歌う
2025年3月、現代アメリカを代表するシンガー・ソングライターのキャット・パワーが来日する。彼女の最新作のタイトルは『キャット・ パワー・シングス・ディラン:1966 ロイヤル・アルバート・ホール・コンサート』(原題: Cat Power Sings Dylan:The 1966 Royal Albert Hall Concert)。
ボブ・ディランが1966年に英国ロイヤル・アルバート・ホールで行なった歴史的コンサートをセットリスト通りにカヴァーしたアルバムで、日本公演でもセットリストはアルバムと同順の予定だ。
1966年、ロイヤル・アルバート・ホールに立つボブ・ディラン。客席にはザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズのメンバー、若きまだ無名だったデヴィッド・ボウイなどがいた。それはボブ・ディランがスターの中のスターだと証明している。
■『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』
1、風に吹かれて (Blowin’ in the Wind)
2、北国の少女(Girl from the North Country)
3、戦争の親玉(Masters of War)
4、ダウン・ザ・ハイウェイ(Down the Highway)
5、ボブ・ディランのブルース(Bob Dylan’s Blues)
6、はげしい雨が降る(A Hard Rain’s A-Gonna Fall)
7、くよくよするなよ(Don’t Think Twice, It’s All Right)
8、ボブ・ディランの夢(Bob Dylan’s Dream)
9、オックスフォード・タウン(Oxford Town)
10、第3次世界大戦を語るブルース(Talkin’ World War III Blues)
11、コリーナ、コリーナ(Corrina, Corrina)
12、ワン・モア・チャンス(Honey, Just Allow Me One More Chance)
13、アイ・シャル・ビー・フリー( I Shall Be Free)
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約400万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。近著は『岩田由記夫のRock & Pop オーディオ入門 音楽とオーディオの新発見(ONTOMO MOOK)』(音楽之友社・1980円)。