日本人の味覚に合わせることで、長く深く愛されているのが「町中華」ならば、母国の味そのままを楽しませることで、多くのファンを獲得しているのが「ガチ中華」。ここでは、本場の味にこだわり続ける喜びと苦労を伺ってきた。
画像ギャラリー日本人の味覚に合わせることで、長く深く愛されているのが「町中華」ならば、母国の味そのままを楽しませることで、多くのファンを獲得しているのが「ガチ中華」。ここでは、本場の味にこだわり続ける喜びと苦労を伺ってきた。
「ガチ」中華のレジェンド【1】創業70年の深い歴史を背負う唯一無二の味『新珍味』オーナーシェフ 金田豊さん
1968年生まれ、56歳。中国・遼寧省出身。高校を卒業して料理の道へ。97年に来日し、2006年に日本国籍を取得。各地の中華料理店で腕を磨いた。10年に「新珍味」に入り、史明氏から店を受け継いだのは16年。以来、革命家の精神が宿る名物の味を守っている。
他にない味と歴史を守り続けたいと思っています
寒くなればなるほど無性に食べたくなる中華麺がある。池袋西口にある『新珍味』の名物「ターロー麺」だ。
「大滷麺」または「打滷麺」と書く中国の麺のひとつ、いわゆる餡かけラーメンのこと。北京の伝統料理でもあり、現地では「ダールー麺」と読むが、この店では台湾の発音で「ターロー麺」と記す。その背景にある店の歴史は、ご存じ方も多いのではないだろうか。
創業者は5年前に100歳で亡くなった台湾人革命家、史明氏。戦後から約40年にわたり日本に亡命し、1954年頃に開業したこの店を拠点に台湾独立運動を続けていた。過去の報道によると「昼は餃子を焼き、夜は店の5階で爆弾を作り……」とまあ過激な文言が躍るのだが、難しい政治の話はここまでに。
そんな“台湾独立運動の父”が開いた店を、味も雰囲気もそのまま受け継いでいるのが現在の店主、中国・瀋陽出身の金田豊さん。30歳で来日し、日本国籍も取得した。日本で料理人として働いていた時に知人の紹介でこの店に入り、当時91歳の史明氏に認められて“新珍味の味”を直々に教わった。
史明氏はオーラのある人だったとかで「仕事に厳しく、アルバイトにもご飯の盛り方やレンゲの置き方まで細かく指導するほど。店に来た時は必ず料理の味見をしていたから、いつも気を抜けなかった」そうだ。
創業時から愛される「ターロー麺」は史明氏が北京で覚えた味という。丼一面に広がるのは豚肉やハクサイなどの具を卵でとじた濃厚なとろみの餡。下に沈んだ麺を掴むと、持ち上げるのに気合いがいるほど餡がズッシリ絡む。そう、スープの上に餡が乗るのではなくスープそのものがとろとろの餡。
特製ターロー麺(北京大滷麺) 990円
「このとろみが特徴で調整が難しい。とろみが足りないと麺が絡まないし、強すぎても固まるので、絶妙な加減を心掛けています」。
何度も確認しながら調整する顔は真剣そのもの。そりゃそうだ、70年の歴史を背負った、他では食べられない味なんだから。
蜜月に絡まり合う餡と麺をズズッと啜ると、まろやかな酸味の後からニンニクの香味とコショウのシビレ、唐辛子の辛味がガツンとやってくる。額に汗が滲む。でもこれがヤミツキになる旨さなんだよなあ。聞けば伝統の味を守りつつも、麺がのびにくいよう太めにするなどよりおいしくなる努力もしているそう。
昼下がり、1階のカウンター席では学生が麺を啜り、ビジネスマンが炒飯を掻き込んでいる。2階を覗けばテーブル席で定年組が酒盛りの真っ最中。
知ってか知らずか、深く複雑な店の歴史から生まれた伝統の味が、変わらず池袋西口で、何気ない庶民の日常を支えている。そんな懐深き雰囲気もまた、金田さんが守り続けるこの店の魅力なのだろう。
『新珍味』@池袋
[住所]東京都豊島区西池袋1-23-4
[電話]03-3985-0734
[営業時間]11時半~23時 ※金・土は~23時半、日・祝は~22時
[休日]無休
[交通]JR山手線ほか池袋駅西口などから徒歩3分
「ガチ」中華のレジェンド【2】絶妙な火入れの上海ガニは秋冬だけの味覚『中国料理 味味』店主 小林龍太さん
1949年生まれ、75歳。父が台湾人で母は日本人。5歳の頃に中国に移り住んだ。若い頃に世界を旅し、技術職の会社員もしていたが、32歳で日本に戻り、中華料理店で働いた後に独立。独自の料理とキャラが人気で、75歳の今も寝る間を惜しんで働く日々。
おいしいと言って喜んでくれるのが一番うれしいんだよ
蒸し上がった上海ガニを食べてカメラマンが唸った。
「何がすごいって蒸し方。ほら、ミソの部分がレアに見えるけどしっかり火入れされてるでしょ。これ以上でも以下でもダメ。この寸止めの蒸し方が絶妙!」。
言われてみればそうだ。とろとろのミソは濃い卵黄のように恐縮した甘い旨み、身は繊細でしっとり。甲羅に紹興酒をトクトクッと入れてミソを溶かしつつ飲んだ時にゃもう……はぁ昇天。
「使うカニは一杯150g以上。ミソたっぷりでおいしいでしょ」。
上海蟹1杯 5000円
付きっきりで食べ方を教えてくれるこの方こそ店の主、台湾と日本のハーフ、小林龍太さん75歳。付きっきりですよ?こんな店ないですよね。
舞台は学芸大学駅の名物中華。話は中国を代表する秋冬の味覚、上海ガニの巻である。そもそも小林さんの味は他にはない料理が多いのだが、秋から冬にかけて登場する高級食材なら上海ガニ。中国から週2回届くそれは例年10月~12月中旬頃まで提供される。
日本では珍しいこともあって短い期間中に3~4回食べに来る人もいるとか。活きたまま蒸籠で調理する姿蒸しの他、紹興酒に漬け込んだ「酔っ払いガニ」もあり、こちらの提供は1月頃まで。
実はですね、このカニエキスがたっぷり溶け込んだ紹興酒を炒め物などの隠し味に使うそうで、「エキス入り紹興酒は数々の料理に必要だから、「酔っ払いガニをたくさん仕込むんだヨ」。
例えば「芽キャベツとエビ炒め」。静岡産の芽キャベツをプリプリのエビと一緒に炒めるのだが、その時に例の紹興酒と南高梅のエキスをひと回し。両者が味に風味と奥行きを出す。お見事です。
芽キャベツとエビ炒め 2500円
それにしても小林さんとはナニモノなのか。かいつまんで説明すると。日本で生まれ、幼少期に家族と中国・南京へ移り住んだ。食べることが大好きで「美味を知るのは自分で味わってみないとわからない」と青年時代は中国、アジア、南米などを放浪しながら食べ歩いて“舌”を磨いたそうだ。
30代で日本に戻ってからは中華料理店でも働き、47歳で独立。それがこの店。まあね、お世辞にも店はキレイとは言えないが、ガチの雰囲気が好きな人はどっぷりハマると思う。それは料理の“味”が魅力的なのはもちろんのこと、お茶目で憎めない小林さんのお人柄の“味”があるから。 あ、だから味がふたつで「味味」か(推測です)。
「料理を作るのが楽しいし、何より目の前のお客さんがおいしいって喜んでくれるのが一番うれしい。お互いが幸せになるんだから、いい仕事だと思うよ」
いいこと言うなあ。味も雰囲気もディープだけど、どちらも実にやさしい。モバイルオーダーでポチッとで終了とは真逆の、人と人が関わることの大切さを思い起こさせてくれる店なんです。
『中国料理 味味(みみ)』@学芸大学
[住所]東京都目黒区鷹番3-7-17
[電話]03-5721-0082
[営業時間]17時~翌1時、土・日・祝:12時頃~24時頃
[休日]基本無休
[交通]東急東横線学芸大学駅西口から徒歩3分
撮影/鵜澤昭彦(新珍味)、鵜澤昭彦(味味)、取材/肥田木奈々(新珍味、味味)
■おとなの週末2025年2月号は「醤油ラーメン」
※2024年12月号発売時点の情報です。
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。
…つづく「漫画の神様・手塚治虫の要望で生まれた町中華とは? レジェンド料理人3氏に聞く、人を笑顔にする“おいしい”町中華の秘密」では、町中華のレジェンド料理人たちに聞いた“おいしい”町中華の秘密を紹介します。
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