ラー博30年、あの伝説のラーメン店

「井出商店」が火を付けたご当地ラーメンブーム “ラー博史”に記録を打ち立てた伝説のラーメン店 「ラー博」伝説(8)

全国のラーメンの名店が出店する「新横浜ラーメン博物館」(ラー博)は、年間80万人以上もの客が訪れる“ラーメンの聖地”です。横浜市の新横浜駅前にオープン後、2024年3月に30年の節目を迎えましたが、これまでに招致したラーメン店は50店以上、延べ入館者数は3000万人を超えます。岩岡洋志館長が、それら名店の「ラーメンと人が織りなす物語」を紡ぎました。それが、新刊『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』(講談社ビーシー/講談社)です。収録の中から、ご当地ラーメンブームの火付け役となった「和歌山中華そば 井出商店」を紹介します。

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全国のラーメンの名店が出店する「新横浜ラーメン博物館」(ラー博)は、年間80万人以上もの客が訪れる“ラーメンの聖地”です。横浜市の新横浜駅前にオープン後、2024年3月に30年の節目を迎えましたが、これまでに招致したラーメン店は50店以上、延べ入館者数は3000万人を超えます。岩岡洋志館長が、それら名店の「ラーメンと人が織りなす物語」を紡ぎました。それが、新刊『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』(講談社ビーシー/講談社)です。収録の中から、 ご当地ラーメンブームの火付け役 となった「和歌山中華そば 井出商店」を紹介します。

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』(講談社ビーシー/講談社、1760円)

ラー博30周年企画のトップバッター

新横浜ラーメン博物館30周年企画「あの銘店をもう一度」は、2022年7月1日に始まりましたが、そのトップバッターを飾っていただいたのが、「和歌山中華そば 井出商店」です。ご当地ラーメンブームの火付け役であり、今もなお塗り替えられることのない数々の“ラー博記録”をたたき出した、ラー博史に残る伝説のラーメン店です。

ラー博30年の集大成といえる企画のトップバッターにふさわしいラーメン店だと思い、お願いをしました。

【「和歌山中華そば 井出商店」過去のラー博出店期間】
・ラー博初出店:1998年10月1日~1999年5月30日、2003年3月18日~2011年12月25日
・「あの銘店をもう一度」出店:2022年7月1日~2022年7月21日

新横浜ラーメン博物館出店当時の「井出商店」外観=1998年

女手一つで作ったとんこつ醤油味

最初のご出店では、“知られざるご当地ラーメン”として、和歌山ラーメン、すなわち「和歌山中華そば」を紹介させていただきました。

戦後、復員後に亡くなったご主人に代わり家計を切り盛りしていた創業者の井出つや子さん。1953年7月に見よう見まねで覚えた中華そばを、和歌山市内の屋台で売り始めました。昼間は家業である氷の卸、夜は中華そばの屋台……という働きづめの生活で3人のお子さんを養ったといいます。

創業当時は和歌山中華そばの源流ともいえる澄んだ醤油味のスープでしたが、炊き込むうちにスープが濁ってしまいました。その、偶然、濁ってしまったマイルドなとんこつ醤油味が、“井出系”のルーツとなりました。

マイルドなとんこつ醤油。それが「井出商店」の中華そば

このスープは地元で好評を博し、「井出商店」で修業した人や、「井出商店」の味を目指す人の出した店が徐々に増え、今や和歌山中華そばの一つの系統をつくるまでに至っています。

和歌山ラーメンは「和歌山中華そば」

そもそも、和歌山では「ラーメン」と呼ばずに、「中華そば」と呼ぶのが一般的だそうです。どの店の暖簾(のれん)にも書かれている「中華そば」の文字。和歌山の人にとって、「ラーメン」というと、それはインスタントラーメンがイメージされるといいます。

どの店にも「鯖の早寿司」や、「ゆで卵」が置かれており、これらは、中華そばが到着するまでの間に食べます。中華そばに寿司というと、ちょっと奇異に感じるかもしれませんが、和歌山では当たり前の光景で屋台時代から続いている習慣です。

和歌山では中華そばを待つ間、「早寿司」「早すし」と呼ばれる鯖寿司を食べる。屋台時代からの和歌山中華そばの習慣

また、和歌山では「なると」のかわりに、「カマボコ」がのるのが特徴で、なるとのような渦巻き模様の入ったカマボコを使う店もあり、彩りを添えています。

「井出商店」の中華そば。特徴はまろやかなスープ

戦前から伝わる屋台の中華そばのスープは澄んだ醤油味が主流。当時市電の車庫があった場所が一番の繁華街で、その車庫の前に軒を連ねる屋台の中華そば店が大繁盛していたことから、澄んだ醤油味の系統を“車庫前系”と呼びます。対して、「井出商店」に端を発する戦後派のとんこつ醤油味を“井出系”と呼び、和歌山中華そばの味は、はっきりこの2系統に分類されます。

「井出商店」の中華そばの特徴はスープにあります。豚骨を強火で沸騰させるため、骨の髄からゼラチンが溶け出し、スープと脂をとろりと乳化させます。このため醤油味がうまくマスキングされてまろやかな口あたりとなります。麺はストレートの細麺。具材は和歌山中華そばの特徴でもあるカマボコにチャーシュー、メンマ、青ネギといたってシンプル。

和歌山では〝井出系〟と呼ばれる「井出商店」のとんこつスープ

屋台時代からの素朴さそのまま、それが「井出商店」の中華そばなのです。

1998年出店時の裏話

私たちは、新横浜ラーメン博物館をオープンして4年後の1998年の春に、「井出商店」との契約を終え、出店の準備をしていたのですが、出店の2カ月前にある大きな事件が起こりました。

その事件とは「和歌山カレー事件」です。「井出商店」が、ラー博の店をオープンする直前まで、連日、この事件のことが報道されて、気が気でなかったのですが、私たちは、ラー博に「井出商店」がオープンすることを発表しました。

しかし、不安をよそに、8月後半からラー博店への取材が殺到することとなりました。なぜなのか? 私たちは、のちにその“理由”を知ることとなりました。

あの事件で、全国のメディアが和歌山に駆けつけ、長期間滞在していたのですが、仕事の合間に「和歌山中華そば」を食べていたようで、メディアの人たちの間ではちょっとしたブームになっていたそうです。なかでも、「井出商店」は人気が高く、「あの井出商店が、首都圏で食べられるのか……」ということで、取材が殺到したのでした。

「井出商店」の中華そば。「なると」ではなく、カマボコがのる

井出商店が残した数々の記録

「井出商店」がラー博に期間限定出店をしていた1998月10月1日から、1999年5月30日までの間、わずか23席の店内で食されたラーメンはトータルで、21万2610杯。1日平均で893杯ということになります。これは平日も含めた平均ですので、ラーメン店としては驚異的な数字です。しかもその期間、行列は一度たりとも途切れることはありませんでした。そして5月の連休中には、最長待ち時間3時間30分を記録しました。

ラー博出店直後の行列=1998年

社会現象といっても過言ではないブームを巻き起こした和歌山中華そばは、その後、「和歌山ラーメン」として、その名を全国に広めた功績が認められ、1999年3月25日に、和歌山県知事から「観光功労者感謝状」を受けました。これもラーメン店としては異例のこと。戦後屋台から始めた一ラーメン店の功績が、世間を驚かせました。

コロナ禍の30 周年企画が大成功に

ラー博30周年「あの銘店をもう一度」の企画では、トップバッターを受けていただいた、二代目店主の井出紀生さんに何よりも感謝です。折しも、新型コロナウイルス第7波のさなか。私たちは期待と不安のなかで、「あの銘店をもう一度」の企画をスタートさせたのですが、初日から多くのお客さまにお越しいただけました。

「井出商店」二代目店主の井出紀生さん。「晴れの日も雨の日も、一杯一杯を大切に心をこめて」の精神で厨房に立つ

そんな「井出商店」の成功で、その後、約2年続く30周年企画「あの銘店をもう一度」の“お店リレー”が、月日を重ねるごとに盛り上がっていきました。期間中、紀生さんにも厨房に立っていただきましたが、「こんなに多くのお客さまが来ると思わなかった」と感謝の言葉をいただきました。

■『和歌山中華そば 井出商店 本店』

[住所]和歌山県和歌山市田中町4丁目84

「井出商店」本店

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』2025年2月20日発売

『ラー博30年 新横浜ラーメン博物館 あの伝説のラーメン店53』(講談社ビーシー/講談社、1760円)

『新横浜ラーメン博物館』の情報

住所:横浜市港北区新横浜2-14-21
交通:JR東海道新幹線・JR横浜線の新横浜駅から徒歩5分、横浜市営地下鉄の新横浜駅8番出口から徒歩1分
営業時間:平日11時~21時、土日祝10時半~21時
休館日:年末年始(12月31日、1月1日)
入場料:当日入場券大人450円、小・中・高校生・シニア(65歳以上)100円、小学生未満は無料
※障害者手帳をお持ちの方と、同数の付き添いの方は無料
入場フリーパス「6ヶ月パス」500円、「年間パス」800円

新横浜ラーメン博物館:https://www.raumen.co.jp/

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