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ラーメンにハマるきっかけは、伝説の店『土佐っ子ラーメン』

東京大学に進学し、住んだのは西武新宿線の新井薬師前駅(東京都中野区)周辺。近隣や通学途中などで、『天下一品 江古田店』(東京都練馬区)や鹿児島に本店を置く『ざぼん ラーメン』(当時、東京都中野区。現在、都内は閉店)といったラーメン店を見つけては食べるという生活をしていた。

「大学は駒場東大前だったため、学校の裏手にあった『山手ラーメン』(東京都渋谷区)にも行っていました。渋谷が近かったので、渋谷プライムにあった熊本ラーメンの『桂花ラーメン』(移転し、現在は『桂花ラーメン 渋谷センター街店』として営業)や多くの人々に愛された『チャーリーハウス』(現在は閉店)なども好きでよく通っていました。大学時代は年間で300杯ほどのラーメンを食べていましたね」

大学3年になると国家公務員を目指し、試験勉強に打ち込んでいたが、勉強をしていると夜中にお腹が空く。すると東大にストレートで入り、一足先に就職を決めていた友人たちが暇だと夜毎やってきた。この頃出合った1軒のラーメン店が田中さんをラーメン好きからラーメンマニアへと推し進めることになる。

「友達が車で連れていってくれたことがきっかけでしたが、背脂がたっぷり浮いていて中毒性が高かったので、1人でも通うようになったのが『土佐っ子ラーメン』(当時、東京都板橋区。現在は閉店)です。2、3日に1回は行っていて、1年間で100杯以上は食べていました」

『土佐っ子ラーメン』とは、1980〜90年代にかけて起きた“環七ラーメン戦争”(「環七」とは、東京都内を環状に通る都道のひとつで、道路沿いに店を構えたラーメン店がしのぎをけずった)とも呼ばれる一大ラーメンブームの舞台の一つとなった伝説の店だ。

『土佐っ子ラーメン』の系譜を継ぐ『下頭橋(げどばし)ラーメン』(東京都板橋区)  写真提供・田中一明さん
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雑誌のラーメン特集が、ラーメン好きに導いた
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市村 幸妙
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