国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。歌手・鈴木雅之の最終回は、例のごとく筆者の私的ベスト3をお届けします。そして、なぜ、“マーティン”こと鈴木雅之は、「愛」を歌い続けるのか。その答えもあわせて、お楽しみください。
「愛」…古き良きブラック・ミュージックのメインテーマ
鈴木雅之~マーティンは、良きシンガーであることを常に念頭に置いている。しかも歌の内容は恋人同士の愛にフォーカスさせている。21世紀に入ってからそこに年代を問わない日本の良い歌の再発見~DISCOVER JAPANが加わった。彼が愛をテーマにし続けるのは、それが古き良きブラック・ミュージックのメインテーマだったからだ。
“本物の黒人にはかなわないかも知れないけど、日本一と言われるソウル・シンガーになりたい”
かつてマーティンはぼくにそう語った。
日本も含めて世界のポップ・ミュージック・シーンでは、今や曲を作って歌う~シンガー・ソングライターが主流だ。自分なら自分好みの自分しかできない曲を作って歌える。そこが1970年代のいわゆるシンガー・ソングライター・ブームと異なる。サウンドが多様化しているのだ。
ヒップホップ、ロック、エレクトリカル・ポップ…。現代はあらゆるミュージシャンがシンガー・ソングライターで、純粋なシンガーは少ない。そこにはあまり語られていない印税の問題もある。ざっくり言うと自分で作詞・作曲に歌唱を行えば、詩・曲・歌唱の印税が派生する。おおかたの場合、歌唱だけだと印税は3分の1になる。だから経済的にも収入面を考えるとシンガー・ソングライターが増えるのも納得できる。
マーティンは曲作りにも優れた才能を持っている。それでも“自分の書いた曲より、自分が良いなと思う曲を優先して歌って行きたい”と常々、語っている。そこにシンガーとしての矜持を感じる。その姿勢こそが幅広いファンを生んでいるのだと思う。
「ランナウェイ」 「月の沙漠」の延長線上に
そんなマーティンのベスト3曲を選ぶのはとても難しい。あえて私的に選んだ1曲目はシャネルズのデビュー・シングルとしてミリオンセラーとなった「ランナウェイ」。作曲はグループ・サウンズ(GS)ブーム時に「ブルー・シャトウ」を作曲し、ブルー・コメッツにレコード大賞をもたらした井上大輔(旧忠夫)だ。
井上さんとはGSブームの終わった1970年代中期にひょんなことで出逢い、可愛がってもらった。ぼくがスーパーバイザーとして関わったトランザムのヒット・アルバム『アジアの風』でも作曲をお願いしたり、井上さんのソロ・ステージの構成を仰せ付かったこともあった。
ある日、井上さんに「ブルー・シャトウ」や「ランナウェイ」のような楽曲をどうしたら生み出せるか訊ねたことがある。井上さんは愛用されていたオベイションのアコースティック・ギターを手に取ると、Amコードから「ブルー・シャトウ」を歌い始めた。そしてメドレー形式で「ランナウェイ」に移り、続いてそれは唱歌の「月の砂漠」となった。どの曲もコード進行が同じだった。
“昔から「月の沙漠」が大好きで、そのコード進行から「ブルー・シャトウ」が生まれた。その延長線に「ランナウェイ」があるんだ”と井上さんは作曲の秘密を教えてくれた。その井上さんもこの世から旅立った。そんな思い出もあって「ランナウェイ」が好きだ。