「受験は競争、受験生もアスリート」。トレーナー的な観点から、理にかなった自学自習で結果を出す「独学力」を、エピソードを交えながら手ほどきします。名付けて「トレーニング受験理論」。その算数・数学編です。第9回も前回に引き続き、「ひらめき」について考えます。“第4のひらめき”で東大に見事合格した「H君」とは―――。
「もう1年頑張ればいいさ…」開き直ったときにひらめいて
平成が始まって間もない頃のことです。1990(平成2)年の東京大学入試。東大の二次試験は毎年2月25日と26日の両日に渡って実施されますが、その第1日目。午前中は国語の試験があり、昼休みをはさんで午後に数学の試験がありました。試験は全部で6問。制限時間は150分です。
私立中高一貫校の3年生H君は、テスト用紙を前に呆然としていました。
「ま、まずい・・・」
H君が受験した理科I類は、合格ラインの目安がだいたい5割。したがって、少なくとも3問を完答し、さらにプラスアルファが欲しいところです。
ところが、試験開始から2時間が経とうとしているのに、6問のうち完答出来たのが2問、部分的に解いているのが2問、手が付けられないのが2問という状況でした。あせるH君。まだ解けていない問題の間を何度も行ったり来たりして、あれこれと試行錯誤していました。
しかし、まったく糸口が見つかりません。あたふたして、むなしく時間は過ぎていくばかり。まさに負け戦の中、満身創痍で立ち回る足軽の心境でした。
試験時間が残り30分となり、討ち死にを覚悟したH君。「もう1年頑張ればいいさ、死ぬわけじゃなし」と開き直り、戦いを終えた後のようなすがすがしい心持ちで、解けなかった問題にもう一度取り組んでみたところ、ふっと糸口が思い浮かびました。
そこから何とか30分で1問を完答。合計3問+αで、当初の目標を果たせたのでした。ただ、どれだけの点数が取れるかは分かりません。試験後、解答用紙が回収されるときに、H君の前に座っている1つ前の受験番号の受験生の解答用紙がチラッと見えましたが、用紙は答案で埋め尽くされていました。
「こんな猛者がいるのか」と衝撃を覚えたH君。「不合格」の不吉な3文字が頭をよぎるのでした。
(※“平成最強”の東大入試数学の難問全6問は、画像ギャラリーhttps://otonano-shumatsu.com/images/319887/で公開)
不意に訪れる「第4のひらめき」
数学の問題の答えや解き方が瞬間的に浮かぶ“ひらめき”には、「知識によるひらめき」「連想によるひらめき」「俯瞰によるひらめき」があり、開発の手立てがあることを前回(第8回)で述べました。しかし、その3つのどれでもない、H君が体験したような不意に訪れる第4の“ひらめき”があります。
H君は、入試で解けない問題がありましたが、別の問題を解いてから、もう一度向き合うと、不意に解き方を思いつきました。ほかの問題を解いている間に、脳が無意識に働いて、解き方を見つけたような感覚でした。このようなひらめきを、“直観的なひらめき”と呼ぶことにします。直観的なひらめきは、天から降ってくるものではなく、潜在意識の働きの結果が意識に上ってきたものと考えられます。
難関大学の入試問題や数学オリンピックの問題などの難問を、スラスラ解ける天才的な人たちがいます。あたかも天から降って来るかのように、解き方がひらめいているのではないかとさえ思わせる人たちです。このような常人の理解の範疇を超えたひらめきは、“天才的ひらめき”としておきます。天才的ひらめきについては、努力の及ぶところではないので、踏み込むことはしません。