女将やマダムのいる店は、何かが違う。「女将」ってなんだろう?その姿に迫る『おとなの週末』連載「女将のいる場所」を、Webでもお届けします。今回は、1992年に東京・板橋区で開業した季節料理を提供するお店『魚菜酒房 樽見(たるみ)』の樽見千奈美さんです。
「いつか食べもの屋さんになりたい」女将と「いつか自分の店を持つ」主人が出会って実現
「私は伊勢うどんで大きくなった。爺ちゃんに感謝です」
『魚菜酒房 樽見(たるみ)』の女将、樽見千奈美さんは1968年、三重県伊勢市に生まれた。家業はうどん店。小腹が空いたら爺ちゃんがうどんを茹でてくれる。中学のソフトボール部時代はさらに、おつゆの残った丼にご飯を投入。
食べることがとにかく大好き。余った給食を争うじゃんけんには毎回参戦。赤い屋根の洋食店でハンバーグを食べた時、いつか食べもの屋さんになりたい、と思った。だが高校の短期留学で海外に憧れ、東京の外語専門学校に進学すると、時はDCブランド全盛期。千奈美さんはアニエス・べーの店に勤め、都会とお洒落を謳歌する。
そこへ「いつか自分の店を持つ」と語る日本料理人、樽見浩司(ひろし)さんが現れて人生は急展開だ。21歳で結婚と長男出産、23歳で長女が生まれ、24歳には『樽見』の開業。商売の家で育ったものの、日本料理のサービスが未経験の彼女は、年下の従業員にも頭を下げて一から教わった。
「感謝しているのは、主人の料理が本当においしいこと。食べてみてって心から言える分、接客で損ないたくない」
31歳の大将が率いる、60席の料理屋である。飾り気のないエプロンを着けた、気働きの利く若い女将は「ママちゃん」と呼ばれ、『樽見』は地元で愛される店となった。
一方で、開店直後に長男が入院。千奈美さんは病院に泊まりながら、1日も休まず出勤した。「子どもをちゃんと育てなきゃ」と「店もがんばらなきゃ」が綱引きするなか、店の雰囲気を守るため“自分”は奥へ押し込めた。
数年後、パニック障害から鬱を発症。それでも店へ立ち続ける彼女に、心が急ブレーキをかけたのは20周年目前である。初の休養。3カ月後に復帰すると、喜び迎えるお客らの顔、顔。私には居場所がある、と気がついた。
なのにまたもや、脳腫瘍や2度の心不全が彼女を襲う。
「心を壊し体を壊し、今は、生かされていると感じます」
子どもたちが結婚し、夫婦の暮らしが再び始まった。還暦超えの夫と孫、保護猫のためにがんばりたい。そう語る彼女の「自分のため」は、おいしいものとゴルフだそうだ。ベトナム料理を習い、仲間と食べ歩き、コースに出る。今が一番楽しい。その言葉をやっと手に入れた。





