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女将やマダムのいる店は、何かが違う。「女将」ってなんだろう?その姿に迫る『おとなの週末』連載「女将のいる場所」を、Webでもお届けします。第8回目の今回は、東京・南青山にある2002年開業のビストロ『ローブリュー』の女将、櫻井尚子さんです。

『ローブリュー』の女将・櫻井尚子さん

日本から来た男と女が、フランス高速列車TGV(テジェヴェ)で出逢い、一瞬で恋に落ちた。男は現地で料理の修業中。女はコピーライターを志し、転職を目前に控えたひとり旅。

「心の底から、好き!と思えた初めての大恋愛。勢いのままに仕事より恋を選んだのだから、不埒(ふらち)な人生よね」

転職をやめてフランス語を学ぶと、彼が働くサン=ジャン=ド=リュズへ飛んだ。偶然にも、エリック・ロメール監督『緑の光線』の撮影地。1965年東京生まれ、80年代ミニシアター育ちの彼女が敬愛する作品であり、映画そのままの光が降り注ぐ地で1年間一緒に暮らした。

その後は遠距離恋愛だ。月曜の夜10時、フランスからテレフォンカードでかけてくる電話を正座して待つこと3年間。櫻井信一郎さんと尚子(なおこ)さんは1993年に結婚し、ふたりの息子を授かると、妻は子育てと家事を担った。

「料理人は朝から晩まで厨房ですから、家のことは私の役割。お母さん業をなめちゃいけない、大変な仕事です」

『ローブリュー』の女将・櫻井尚子さん

2002年、ビストロ『ローブリュー』が開店すると、尚子さんの守備範囲は息子たちのPTAや野球活動から、夫の店の裏方仕事にまで拡大した。手縫いのクロス、時候の葉書、近隣への挨拶、経理に広報。

『人生に一度はローブリュー体験を。お気に召したら何度でも』。気づけば専属コピーライターとなって、かつての夢を叶えていた。

「食事中のお客さまを見ると本当に、僭越ながら(シェフの料理を)体験できてよかったわねーって思うんです」

『ローブリュー』

『ローブリュー』12周年の春。サービス人不在の非常事態によって、ついに50歳でのマダム・デビュー。そそっかしくて「やらかす」ことも多々あれど、足を骨折しようが素振りも見せず乗り切る根性もある。何より『昼顔』のカトリーヌ・ドヌーヴを思わせるワンピース姿で彼女が立てば、そこはヌーヴェルヴァーグ映画の世界になる。

「食べて飲んで喋って、という人たちのエネルギーを受けて返して。すると血液が流れるように、いい気が巡る」

マダム、妻、母、現在は介護にも、全部全力。「動いてないと死んじゃう」と言う尚子さんが止まる時は、月を眺める夜である。テラスでワインを飲み月光を享受する数時間、家の中では大恋愛の彼がミニカーを作っている。

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おとなの週末Web編集部
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