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女将やマダムのいる店は、何かが違う。「女将」ってなんだろう?その姿に迫る『おとなの週末』連載「女将のいる場所」を、Webでもお届けします。第5回目の今回は、東京・錦糸町にある昭和40年創業の喫茶店『喫茶 ニット』の女将、小澤民枝さんです。

『喫茶 ニット』の女将・小澤民枝さん

美智子上皇后さまと同じ年、昭和9年の生まれ。錦糸町の『喫茶 ニット』は創業58年、女将の小澤民枝さんは来年で90歳。3年前の怪我も克服して、朝から店の前を箒で掃き、植木に水をやり、布巾の洗濯も全部する。「動いていないと落ち着かないのは、貧乏性ね。うふふ」

『喫茶 ニット』の女将・小澤民枝さん

羊毛メリヤスの工場を営む家に生まれ、大家族や従業員たちと一緒に、民枝さんは幼い頃から家業を手伝った。昭和33年に結婚。夫の利男さんは毛糸商を辞め工場に入ってくれたが、常に時代の先を読む父は、日本の繊維産業の斜陽を察するやすぱっと商売替えに踏み切った。「喫茶店でもやろうかって。東京オリンピックの翌年に」

右向け右、で一家初めての飲食業である。ネオンの街で、色めいた大人たちが集う純喫茶。元工場は紫のドアに大理石の壁、シャンデリア輝く「赤坂風」に一変した

民枝さん夫婦が代を継ぐと、『ニット』は名の通り温かな空間となった。煉瓦造りの窓には花壇が設えられ、クラシック音楽好きの利男さんはスピーカーを特注。後に店の看板となるホットケーキなど、フード類も充実する。

『喫茶 ニット』

それから学生や会社員が増え、インベーダーゲームの嵐がきて。小さな喫茶店にも栄枯盛衰はあるけれど、最大の危機は、心の糸が切れそうになった時だ。母に続いて利男さんが他界し、息子は独立、娘夫婦は転勤。大勢に囲まれてきた人生で、突然、ひとりになってしまった。

「1週間お店を閉めて、どうしようかと考えたんです」すると、何十年も苦楽を共にしたスタッフ、常連客、町会長までもが「続けてほしい」と言う。だったらがんばってみようかな。そう決めた矢先、娘の夫が「お義母さんを手伝ってあげて」と自ら単身赴任を選んでくれた。

『喫茶 ニット』

「私、ずーっとがんばってきたの」。そうささやかに主張する民枝さんは本当に、なりたい職業など考える暇もなく家業を背負ってきた。だけどそればかりでなく、映画にうっとりとする夢見心地や、世の出来事への興味津々も失くさずに。

祖母の背中を見て育った孫の兼松雅昭さんは今、次期三代目として店で働いている。古いお客が久々に訪れると、先代マスターが生き返った!と一瞬錯覚してしまうほど、利男さんにそっくりなのだそうだ。

『喫茶 ニット』

昭和40年創業。店名の由来は、喫茶店の前身がメリヤス工場だったため。名物メニューのホットケーキは銅板で約20分かけて焼き上げる。ほか、ドライカレーなど食事メニューも豊富。まさに錦糸町のオアシス

[住所]東京都墨田区江東橋4-26-12 小沢ビル1階
[電話]03-3631-3884
[営業時間]9時〜20時(18時50分LO)※月曜は9時半〜、祝9時〜18時(16時50分LO)
[休日]日
[交通]地下鉄半蔵門線錦糸町駅2番出口から徒歩3分、JR総武線錦糸町駅南口から徒歩4分

文/井川直子、写真/大森克己

2024年1月号

※2024年1月号発売時点の情報です。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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おとなの週末Web編集部
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