音楽の達人“秘話”

メッセージ・ソングは作らない、山下達郎は「市井の人」 音楽の達人“秘話”・山下達郎(3)

『おとなの週末Web』では、グルメ情報をはじめ、旅や文化など週末や休日をより楽しんでいただけるようなコンテンツも発信しています。国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。山下達郎の第3回は、“音楽の職人”が垣間見せた別の表情。30数年前のインタビューの中で語った言葉から、山下達郎の生き方が伝わってきます。

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バブル期、醒めた眼で時代の先を読む

山下達郎は常に市井の人の眼で、世界や社会を見ている人だ。そして確固たる信念の持ち主でもある。彼の音楽を支えているのは、その音楽職人としての類まれなる技と巧なのはもちろんだが、人間として真っすぐなところも、音楽制作に役立っていると思うのだ

バブル時代の真っ只中、山下達郎に新作のインタビューをした。彼はインタビューにおいて、音楽のこと以外はあまり語らないタイプだ。ただ、新作のプロモーションをするだけでなく、その新作に行きついた深い音楽論をしてくれる。山下達郎と語り合うには、こちらも相当な音楽知識を要求される。

だが、バブル時代のその時のインタビューの終わり近くになって、突然、世間話になった。

“今はいいけど、これからの日本は苦しくなると思うよ。この好景気にしても、俺はそんなに長持ちすると思っていない。日本はアメリカみたいになるんじゃないかな。若い人たちには厳しい時代が来ると思うんだ”

世はバブルの好景気。皆が浮かれていた。それに対して、彼は醒めた眼で先を見ていたのだ。今となって、彼が慧眼だったのが分かる。彼の市井の民としての眼は、その先を見据えていたのだ。まだ貧富の差も今ほど激しくなかった時代だったが、彼はその先の時代を感じていた

山下達郎の名盤の数々。1980年の『RIDE ON TIME』(中央上)は、同名シングルの大ヒットを受けて制作された

「柄じゃないんだよ。俺はあくまでも職人」

“学校で勉強できる奴、そういう子たちは、かなりの確率でエリートになれるよね。勉強というのは、はっきりと点数という形で成果が出るでしょう。スポーツのできる奴。これは、100mを何秒で走ったかとか、甲子園で何本のホームランを打ったかとか、記録としてはっきりと残る。その次は、バンドとか音楽をやる子たちだけど、音楽は誰でもできるけど、プロになって、メジャーになって、何十万枚もアルバムを売ったというところまで行かないと、結果が出せない。それでも目標があるうちはいいけどね。第4のタイプというのは、成績も悪く、スポーツも駄目で、バンドさえ組めない子たち。すべてというわけじゃないけど、そういう子たちを社会が差別したりすると、犯罪者になってしまう気がするんだ。今の日本の教育は、勉強とスポーツのできる子たちに偏重しているから、そこに入れない子たちが、今後、とんでもない犯罪を起こす可能性だってあるよね

これは今から30年ちょっと前の話だ。その後、バブルが弾けて日本は経済的に暗黒の時代が今も続いている。小泉改革により格差社会も広がったままだ。この時のインタビューを今思い起こしてみると、山下達郎がいかに時代を先読みしていたのかがよく分かる

その話に感銘を受けて、ぼくは言ってみた。
達郎ほど弁が立つなら『朝まで生テレビ!』のような番組に出て、もっと意見を述べて欲しいな”
それに対し、彼は次のように応じてみせた。

“柄じゃないんだよ。俺はあくまでも職人で、市井の人、つまり庶民であり続けたいんだ。別にテレビの批判をするわけじゃないけど、識者とか文化人と言われている人たちが何やかやと喋ろうと、世の中なんて、そう変わらない。変わるなら、もっと昔に変わっていいはずでしょう”

1991年の『ARTISAN』(中央下)は30年後の2021年夏、最新リマスターによる『ARTISAN(30th Anniversary Edition)』としてCDとLPが発売された

床屋談義に耳を傾ける山下達郎を夢想する

床屋談義という言葉がある。ぼくの通っている床屋でも 71歳になる御主人が、同世代のお客といつも床屋談義をしている。ぼくの調髪をしてくれるのは、その息子さんで30代半ば。床屋談義、とくに政治の話はまったくしない。山下達郎は市井の人だから、こういう床屋談義なら、きっと耳を傾けるのだろうなといつも思う

社会に対してもの申すメッセージ・ソング。1960~70年代は今よりずっと多かった。山下達郎はそういったメッセージ・ソングは作らない。けれども、その生き方でメッセージを送り続けているのだと思う

男は背中でものを言う。山下達郎はそんな生き方をしているのだ。

岩田由記夫

岩田由記夫

1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

【連載最終回】山下達郎のアルバム制作費は高い+筆者の私的ベスト3はコレ 音楽の達人“秘話”・山下達郎(4完)

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