「アザラシの赤ちゃん」の写真とのギャップに驚く
彼の三度目の結婚披露宴はアザラシが結んだ縁からか、池袋のサンシャイン水族館で閉館後の夜にとり行われた。水族館側も新郎の正体から参列者のメンツを恐れたのか、当時も大人気のラッコの展示窓に黒いカーテンで囲み、ラッコと新郎新婦と記念写真を期待していたらブーイングが起こったものだった。
新婦は作家の堀田あけみさん、小原氏と三人の子供をもうけ、添いとげたことになる。
しかし、彼の三度目の結婚や予想外の転身を一番喜んでいたのは新郎新婦でもなく、この私ではなかったろうか。何ちゅうても「目の前のたんこぶ」がいなくなったのやから。せやなかったら三度もご祝儀巻き上げられんぞ。
いややっぱり喜んだというより驚いた方が大きかった。「小原玲(おばらあきら)」を知る者として「アザラシの赤ちゃん」の写真とクレジットのあまりのギャップに皆驚かされたのである。
しかし、目のつけ所はさすが小原とスルドかったと言える。一概に動物写真家というても、鯨や水中生物もおれば、象やライオンを追ってサバンナに泊まり込むカメラマンもおる。いやいやネコだけ撮ってる写真家までいて、それがまあよう売れとるのである。私も宗旨がえしようかいなと思うほどまでに。
シマエナガにしろ、最期まで追いつづけたモモンガにしても、被写体はかなり小さい。シマエナガに至っては私も北海道で天然の実物を見たが動きもかなり速い。ハッキリ言うてマッハで飛び去る戦闘機より撮るのはむずかしい。モモンガの飛行シーンに至ってはどうやって撮るのか想像もつかない。
それらを可能にしたのは最新のデジタル撮影技術である。彼の網走のアパートには最先端のミラーレスカメラと超望遠レンズが帰らぬ主を待ちつづけていた。ズミクロンといっしょに。
報道写真家としての矜持を持って……
最後に彼と話したのは半年前、無線でリモートコントロールできる特殊な撮影機材について相談を受けた。病いのことなんかおくびにも出さなかったが、彼がそれを必要としたのはモモンガの撮影のため、自身の気配を消すため、遠くはなれた所に身を置きたかったからと想像にかたくなかったが、私がそれを求めたのは地対艦ミサイルの発射シーンを1.5キロ離れた退避壕から撮るためであった。
そう考えると、動物写真も報道写真も相手が人間か動物かだけの違いでさほど変わらないかもしれない。被写体の生物、行動パターンを計り、張り込み、追っかけ、時に弾丸(タマ)こそ飛んでこないが生命に危険を及ぼす自然環境や猛獣が敵になる。
やっぱ小原氏は報道写真家としての矜持があったんや。
あっちには(R・)キャパもブレッソンも「ライカでグッバイ」した沢田教一も被写体にとしたヒグマに襲われ最期をとげた星野道夫もいる。
こっちでは断酒していた彼も今頃は彼らと車座になって語りあい飲み明かしているだろう。あっ…また先を越されたか。