世界のへんな夜

バツイチ三兄弟の家にたどり着いた夜@キルギス【世界のへんな夜】第六夜・前編

中国から国際列車でカザフスタンに入った私を待ち受けていたのは、怒涛のロシア語である。辞書を片手になんとか旅を進め、無事、隣国のキルギスへ。とある民家に泊めてもらうことになったが、そこはひと癖もふた癖もある住人の巣窟であっ…

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中国から国際列車でカザフスタンに入った私を待ち受けていたのは、怒涛のロシア語である。辞書を片手になんとか旅を進め、無事、隣国のキルギスへ。とある民家に泊めてもらうことになったが、そこはひと癖もふた癖もある住人の巣窟であった。世界一周旅行中に立ち寄ったキルギスでの長い夜の話を3回に分けてお送りします。

青い目のカツオ君

中央アジアを訪れたのは、かれこれ20年前のこと。当時、自由に旅ができた中国ウイグル自治区から国際列車でカザフスタンの首都、アルマティ(現在はヌルスルタンに遷都)へと入った。かつてはここもソビエトだったので、金髪に青い目の人々が暮らしているイメージがあったが、実際はアジアや中東系の顔立ちの人が多く、私が歩いていてもあまり違和感がない。

ところが、カザフ語の看板が読めない上、外から内部が見えづらい店が多く、どの店がレストランなのかわからないのだ。

そこへ16、7歳くらいの青年がドーナツをかじりながら歩いてきた。若い人なら英語ができるかもしれない。私は青年を呼び止めようとしてハッとした。髪も眉毛も黒、肌は黄色で顔も平たく『サザエさん』に出てくるカツオに顏と雰囲気がそっくりなのだが、目が青いのだ。今、私はさまざまな人種が混ざるシルクロードにいるんだなあ、と感動しながら声をかけた。

「エクスキューズミー! レストランはどこですか」

似たような風貌の平たい顔をした姉ちゃんがいきなり英語で話しかけたからか、青い目のカツオ青年は一瞬、たじろいだ顔をした。

「あ? レスト……?」

この国では「レストラン」が通じないのか!? そこで私は口をパカッと開け、食べる動作をした後、背筋を伸ばして手をかざし、店を探すジェスチャーをした。

すると、青年は「あ~っ!」とニコッと笑った。よかった、通じた! と喜んだのも束の間、「腹、減ってんのか」とばかりに歯型のついたドーナツを差し出され、私は慌てた

「ノ、ノ、ノ!」

「ダ、ダ、ダ!(いいから持ってけ!))」

「いや、私、ドーナツをねだったわけでは……」

「ン、ン、ン!(遠慮するなよ)」。 背筋を伸ばしたしぐさが「探してる」ではなく、「そのドーナツ、よこせ」と伝わってしまったのだろうか。これから中央アジアの国が始まるというのに、このままではまずい。ランチより先にまずは辞書だ。

青年に勘違いされ、慌てる白石

英語とロシア語は全然違います

道行く学生風の若者に声をかけ、ようやく片言の英語を話すレジナさんという女性をつかまえた。彼女もまた素朴な和風の顔立ちとサラサラの黒髪なのに、手足や首が驚くほど長く、『サザエさん』のワカメちゃんを10頭身にしたようなエキゾチックな女子大生である。

ちょうど大学に向かうところだというので、一緒について行くことになった。彼女が語るには、カザフスタンはカザフ語、キルギスではキルギス語とそれぞれ国語があるが、学校では公用語のロシア語を教わるのだという。だから、3つ目の英語まで話せる人はそんなにいないとのこと。「これから中央アジアの旅をするなら、共通語のロシア語を覚えたらどこでも使えるよ」とアドバイスしてくれた。

なんとなく海外どこでも片言の英語は通じると私は思い込んでいたが、世界一周に出てみてそれは大きな間違いであることがわかった。都会やビジネスマンならともかく、街中でワン、ツー、スリーさえ通じない地域は地球上にたくさんあるのだ。

ちなみに「レストラン」はロシア語で「プリストラ」と言うらしい。おかげで大学のキオスクで小さな英露・露英辞典をゲットできた(日露辞典は全く売れないのか、その後も見かけることが一度もなかった)。

蛭子さんに似た3人のおじさん

翌々日、相乗りタクシーでアルマティから3時間ほどかけて隣国のキルギスに向かった。首都のビシュケクでは高級な国営ホテルはあれど、まだツーリストが少ないため、安宿はなかなか見つからないと聞いていた。

私は中国で知り合ったバックパッカーが教えてくれたビシュケクの民泊の場所が書かれたメモを広げた。メモには住所も電話番号もなく、「(とある)大使館の向かいの緑色の扉の家。前のマンホールの蓋が浮き上がっている」という、なんともアバウトなものであった。

到着した時はすでに日が暮れており、すぐに発見できるか私は焦ったが、緑の扉の家はすぐ見つかった。家の前のマンホールもチェックすると、蓋がうまくはまらないのか確かに数センチ、浮き上がっているこの家に違いない。私は扉をゴンゴン叩くと、10センチほどの小窓からおじさんが顔を出した

メモに書かれている通り、緑色の扉の家を発見

私が口を開くよりも先に、大きなリュックサックを背負った目の細い私をジッと見て「ツ、ツ、ツーリスト?」と聞いてきた。私が「ダッ!」とうなづくと、ゆっくり扉が開いた。

古いが大きな木造二階建てで、窓枠の彫刻もしゃれており、軽井沢の別荘のようなロマンチックな家である。まわりに大使館も多いからこのあたりは高級住宅地だし、キルギスのエリートでセレブな家なのではないか。

よかった。ここの民家なら食事も豪華であろう。私は改めて扉を開けてくれたおじさんを見た。ずんぐりむっくりとしていて、丸い顔に福々としたほっぺたの漫画家の蛭子能収さんにそっくりである。それだけでもおもしろいのに、その背後から蛭子さんがまたひとり、さらにもうひとりと現れた。この家には蛭子さんが3人もいる!

笑いをかみ殺しながら、「ド、ドーブライ ヴェーチェル(こんばんは)」と、ロシア語で挨拶すると、一番、若そうなサブルと名乗るおじさんが、「ははは。ウエルカム! 顔が似ているから驚いただろう。俺たちはブラザーなんだ」と流暢な英語で話すではないか! 発音の難しいロシア語に四苦八苦してここまでやってきた私は思わず、飛び上がって喜んだ。

サブルによると、キルギスで人気の副業である民泊を始めたのはつい最近で、お客は私で3人目らしい。朝と晩のご飯付きで一泊10ドルでいいという。あまり大っぴらにやると、悪い警察官にお金をたかられるので看板などは出さないそうだ。 さっそく家に入れてもらうと、幼稚園生くらいの男の子、10代後半の青年がふたり、20代から30歳くらいの女性が3人、60歳くらいのおばさんも登場し、合計10人で暮らしていることがわかった

英語がわからないのをいいことに

立派な外観から暖炉のある大きなリビングを想像していたが、部屋が足りず改装したのか6畳ほどしかなくテーブルも椅子が6脚しかなく全員は座れない。「夕食の前に家族を紹介しよう」と、サブルがひとりずつ紹介を始めた。

「まず、長男の名前はアル」と、サブルが肩を組んだ人は、先ほど小窓から顔を出したおじさんである。

「彼は7人の子持ちだが離婚して実家に戻ってきてね、アル中で無職。食事を作っている女性は彼の愛人でラトミラさんだよ」

いきなりどういう紹介なんだ。そんな家庭の事情まで旅人に言わなくてもいいのにとうろたえたが、英語がわからないアルおじさんも愛人のラトミラさんも何を言われているのかわからず、ニコニコしている。

「で、こちらの若いお母さんはアルの娘で離婚して4歳の男の子と戻ってきたんだ」

「ええと出戻り父娘とその孫、そして父の愛人が同居しているってこと?

「イエス。次に次男のアスカル。彼も無職で離婚して戻ってきた。日中は、家から長い電話線を路上まで引っ張って、小遣い稼ぎをしている」

「……なるほど」

「三男はこの私、サブルだが大学で建築を教えている。あ、私も兄たちと同様、離婚して出戻ってきたのさ

「三兄弟のうち、おじさんが稼ぎ頭なんだね」

「そう。あとこちらが私のふたりの息子たちだが、これまた無職だよ。そして、未婚の彼女たちふたりは同名のグルナラ。ひとりは私たちのいとこで、もうひとりはその友人。さあ、食事にしよう!」

こんなに豪華な家だから道楽で民泊を始めたのかと最初は思ったが、無職だらけなので苦しい家計の足しにしたいのだろう。外から家庭の事情はわからないものである

それでも久しぶりの英語の会話に私はほっとした。この家にいる間、キルギスでは意思疎通に困ることはない。そう、安心していたのだが……この後、まさかの展開に。中編もお楽しみください。

文/白石あづさ

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