家庭で食べるマグロは父の進さんがみずから目利きしたマグロ、そりゃあ旨かろうさぁ。
彼女の親父さんには、生前一度だけ会ってあいさつしたことがあった、「こんにちわ、カメラマンの鵜澤です」。かなり大きな声で挨拶したつもりだったんだが、【ガン無視】であった(笑)。
俺はその時のことを彼女に話したら、「うちの父、かなりの人見知りだったのよ」と笑われた。
「でもね、うーちゃん。もう随分まえのことだから話すけど、病気になったお父さんの最後にあたし立ち会ってて、ふと、お父さんの手を見たら手やり(※)してたの。
そしてね、にっこりと微笑んで息をひきとったの。
お父さん、マグロのせりに勝ってマグロと一緒に天国に行ったって、あたし思ってるのよ。」
俺は少しだけうつむいて話す彼女の横顔をみて、あの殺伐としたマグロのせり場で、自分の目利きしたマグロを見事にせり落とし俗世を離れていったひとりの仲買人の後ろ姿を見た気がした。
そして、できるなら俺も最後は夢の中で最高の一枚を撮りつつ息を引きとりたいとセツに願うのだ。
コーヒーの香りが漂う店内、少し開いた窓の隙間から流れてくる潮風を感じながら、俺はひとりの仲買人の冥福を祈った。
※せりの時に、買い手の仲買人が購入したい品物の値段を指で示すこと。
■café de kanon(カフェドカノン)
[住所]東京都中央区湊1-10-5 木村ビル
[電話番号]03-3553-1881
[営業時間]11時〜17時半
[休日]水・土・日・祝
取材・撮影/鵜澤昭彦