豊洲市場で、勝手にマグロの勉強をしたりすると意外と疲れる。そんな時は気分を変えてコーヒーが飲みたくなるものだ。
市場内にもいくつかの喫茶店があるが、俺は豊洲市場周辺から少し離れた鉄砲洲神社界隈にある、『カフェドカノン』に行くのが常だ。
姉妹ふたりで切り盛りしている小さなカフェで、ネルドリップで抽出するコーヒーは文句なく旨い。
姉妹は、決して余計な話はしないけれど、いつも温かく迎えてくれるこの店は、俺のお気に入りなのだ。
そんな、ある日、俺は姉貴の直実さんにちょっとした愚痴をこぼした。
「このまえ××でマグロ丼食べたんだけどあの値段で、あのクオリティーはないよな~!……」って、そしたらいつも滅多に話さない直実さんが俺に小さな声でポツリと言った。
「うーちゃん、私不味いマグロを食べたことがないのよ。だからマグロが美味しくなかったっていわれてもピントこないの」
そうだった、彼女の親父さんはマグロの仲卸に勤めていたんだ。