酒の造り手だって、そりゃ酒を飲む。誰よりもその酒のことを知り、我が子のように愛する醸造のプロ「杜氏」は、一体どのように呑んでいるのか?今回は埼玉県小川町にある松岡醸造を訪ねた。2025年9月には人気声優・茅野愛衣さんとコラボした日本酒も発売した蔵だ。埼玉県の奥に湧く硬水を使った酒を醸す蔵では社長と次期杜氏が、様々な肴に寄り添う食中酒を目指す。仕事後の打ち合わせ兼、晩酌の様子をのぞかせてもらった。
2017年、松岡醸造に入社し、2026年に杜氏に就任予定
【井上弦也氏】
1987年、東京都生まれ。自然環境分野の専門学校卒業後、環境評価の企業に勤務。2017年、専門学校の同級生だった松岡奨社長(当時専務)に誘われ、松岡醸造に入社。2026年、杜氏に就任予定。趣味は沢登りと自宅での筋トレ。
つまみは一切食べず、ひたすら酒を
「普段はつまみ一切なしで酒だけ。3合ほど酌む」と杜氏は言った。
「帝松」を醸す松岡醸造の次期杜氏・井上弦也さんだ。この日は、松岡奨社長と仕事終わりに作戦会議の一杯。併設のレストラン『松風庵』の閉店後に、松岡社長お手製のおつまみを持ち込んで飲み始めた。
社長の料理は玄人はだし。食材と日本酒のペアリングを研究するうちに自然と調理技術が磨かれた。現在は年間200本以上の魚を捌き、シーズンには猟師から手にいれるイノシシを一頭丸ごと解体するという。
食卓には、ホウボウと甘鯛の刺身、スケソウダラの焼き物などが並んだ。酒は、埼玉県産酒米・さけ武蔵の麹米に、食用米・彩のきずなを掛け米にして造った特別な「帝松」だ。香りと旨みがパッと広がり、スッとキレる辛口酒。社長が自分好みの飲み飽きしない食中酒を追求して完成させた。
「自分は“究極の寝酒”と呼んで愛飲しています。おおっタラとの相性ハンパない」と社長が井上さんに勧めると、「手作りのたらこ、強烈にうまいよ。肝と酒の相性も抜群だね」と、井上さんは料理をちょこっとつまんだ。
「この人、ホント食べないんすよ」と社長。なるほど酒は進むが、箸を取り上げる頻度はわずか。毎日の晩酌も食べ物は一切摂らず、飲んで寝るそうだ。
「帰宅して、まず趣味の筋トレを30分ほど。その後、気分に合わせ選んだうちの酒を常温で。注ぐのも面倒だから、いつもポアラー(ボトルに装着し注ぎやすくする器具)を付けて放置しています」と井上さんは朴訥と話す。
朝はオートミール、昼はコンビニのおにぎりとサラダチキンがルーティン。根菜類が苦手で、ワサビや辛子などの刺激物は一切ダメ。そして極度の猫舌だとか。
「変わってるなあと思っていたんですが、ある時に彼は鋭敏な舌の持ち主なんだと気付きました。実際、彼が選んだ酒は鑑評会で高く評価されるんですよ」と社長は話す。
すると、「おいしいものはちゃんと好きなんですよ、『おとなの週末』の鰻とかき氷の号を買って、店に食べに行ったし」と、井上さんはちょっと反論した。






