×

気になるキーワードを入力してください

SNSで最新情報をチェック

日本の古き良き文化を大事にする心が根底にある

「まさにその通り。実は以前、サステナブル(持続可能な社会)について『関心がない』と発言して叩かれまして(笑)。説明責任を果たさなかった自分も悪いのですが、要は昭和27年生まれの僕は厳しい元軍人の父の下で育った生活そのものがサステナブルで、SDGs(持続可能な開発目標)なんですよね。あえて語らなくても、祖母に教わった”勿体ない”精神がすべて。小学生の時は小児麻痺(脳性麻痺)で足の不自由な同級生がいましたが、誰も揶揄しないし、いじめでもしたら許さない僕みたいな番長がいる(笑)。だけど水泳の時間は腕だけで泳ぐ彼に誰もかなわない。そういうことを僕らの世代は実体験している訳です」

「サステナブルもSDGsも日本文化そのものなんですよね。相手への思いやり、気遣い、関わった人を幸せにする努力など、昔から日本人がやっていたこと。私たちの会社は秋田県の白神山地の麓に化粧品の原料となる植物の畑と自社の研究所を持っていますが、関わっているからには秋田県に貢献したいし、秋田の皆様を笑顔にしたいと常に思っています。それもSDGsではないでしょうか。中・長期でモノや人を育てるという考え方も日本の良さです。今すぐ儲ける、今すぐ売れる、なんてことはあり得ない。もちろんただ時間をかければいいということではないですよ。でも今は経営者が株価や利益を気にし過ぎ。売り上げは大事ですが、数字が目標になった瞬間に会社って変わってしまうんです」

「小林社長の経営者としての姿勢や人としての在りようを伺うとホッとします。僕は食を仕事にしていますが、食べることがいかに大切か、子供の頃から身にしみてわかっていました。祖母は絹問屋の娘でしたが、戦後の赤貧時代、お百姓さんに着物を持っていっても米と換えてくれなかった。人間は食べなければ生きていけない。僕らは生きる上で必要不可欠な仕事をしている訳で、そこには生と死が常に背中合わせ。それを認識して仕事をしろと、スタッフには言っています」

「私は新入社員に『夢を持て』とよく話すんです。そしてその夢を『肩書きやお金にするなよ』と伝えます。こんな人間になりたい、こういう仕事がしたいでいい。夢とは内容だと思うので」

「そもそも、何をもって夢とするのか、尋ねても答えられない人が多いですよね。それは、志です。自分の意志力。それともうひとつ大切なのは、人を裏切らないこと、義です。夢=志+義」

「義か、いいですね。そう、何を大事にして何をやりたいのか。企業はトップ次第です。トップは会社の文化を作る人であり、実践する人であり、伝承させる人。売り上げを目標とするのか、それともお客様の満足を追いかけるのか。私はお客様を満足させることで、結果的に売り上げが付いてくるものだと思っています。その思いを社員に理解してもらうため、何百回も何千回も、角度を変えて説明するのもまた経営者の役目です。そういう文化が何十年後も伝承できていれば、会社は生き残ると思います」

「レストランの仕事も同じで、お客様が楽しんでナンボなんです。料理は続けていればうまくなる。じゃあ何が必要かって、人です。調理師学校で教えていた時も生徒にこう言っていました。厨房で一番仕事ができるのは誰か? シェフだろ? そのシェフがすっ転ぶからサーカスと同じで笑ってくれる。それぐらいカッコ良くなれ、つまり、カッコつけるなということです。カッコつける術をわかっているやつが滑るから面白い。それがレストランの仕事。ただし芸はするな、やるべきことを踏まえた上で、軸足だけは動かすなと。両足をしっかり地に付けていると倒されますが、片方軸で動くとどういう風にでも対応できる。また僕は料理というものは背景にある歴史を検証しておかなければとも思っています。歴史観や国のしきたりを理解することはトップとしても必要ではないでしょうか」

「わかります。そして、自分の小ささを知ることも大事です。実はタップダンスが趣味なのですが、これがまた全然うまくならない。会社では王様ですが(笑)、タップダンサーとしては才能がないなあとレッスンの度に落ち込むんです。そんなダメなところも知ることです」

「今日言いたかった結論を言われてしまったな(笑)。僕らの業界でも、フランス料理だからどうだこうだと、のたまうのは小さい。食べるという行為がどれだけ素晴らしいかの認識の上に立つと、物事の考え方も変わります」

「それにしても、谷さんの料理は他にないですよね。先日食事した時も、これほど鮮烈に記憶に残る味は久しぶりでした。食べるのは一瞬ですが、準備には何時間もかかる。これってすごいことです」

アスペルジュブラン・ド・ブラン
ロワール産のアスパラガスは1本130g前後の見事な大きさ。生クリームを使う淡雪の如きソースは軽やかな口当たり
アスパラはその皮で取った煮汁の旨みを含んでおり、口の中でみずみずしくあふれる
新玉ねぎのクレームブリュレ
玉ネギの甘さが風味豊かなアミューズ。千切りのトリュフとポロネギを添えて
帆立貝のムースリーヌソース ヴァン・ブラントリュフ入り
ふわっとなめらか。トリュフのソースがコク深い


「仕込みという言葉が大好きです」

「私たちも商品を作る時、ひとつの品に少なくとも30~40個、多い時は100個以上サンプルを出し、完成度を上げるために何回も作り直すんです。それが会社の力の源泉。仕込みに近いですね」

「失敗から再度挑戦して何を学ぶかが大事です。それを学べない人は自分の仕事に対しての論理性が持てない。目指す商品の理想が頭の中にあるとして、その完成形を実現させるまでの”間”を埋めていく作業は料理の仕込みと同じですね」

「例えば肌の保湿と引き締めは両立しないといわれていましたが、企画する方はやりたい訳です。常識では考えられないことだから作る側は大変ですよね。でもそれを実現させたのが、発売から48年続く定番のロングセラー化粧品『薬用スキンコンディショナー エッセンシャルN』です。谷さん、48年ですよ!」

「そうやって社長が何のてらいもなく僕に言えることが、社員の方々にとって誇りではないでしょうか。人にできないことをやるのがプロフェッショナルです。ただしそこで勘違いしてほしくないのは、仕事は”仕える事”と書きますよね。現場でも言うのは『俺に仕えてるから仕事ができないんだ。自分に仕えろ』ということ。一方、働くという言葉は”傍(はた)を楽(らく)にさせる”こと。仕事だけでも、働くだけでもない。自分の体幹がどこにあるのかを知ることです」

「結局、最後は納得感ではないでしょうか。死ぬ前に人生が〇だったか×だったか答えを出すのは自分自身です。自分の人生を評価するのは他人じゃない。自分が納得したかどうかがすべてです。そのために仕事をしていると言っていい」

「まさにそうですよね。僕は死ぬ時に家族に言う言葉を決めているんです。それは、『生まれてきて良かった。楽しかった、ありがとう』ということ。そういう目線で物事を考えると、社会のさまざまな問題にも答えが出るはずです」

「一流とは人間性。自分に置き換えて考えられるか。だからこそ毎日を一生懸命大事に生きなければならないですよね」

「それこそが『アルビオン』の仕込みであり、『ル・マンジュ・トゥー』の仕込みである。そして、自分自身の人生の仕込みなのだと、僕は思います」

対談を終えて固い握手を交わす。フランスの思い出話にも花が咲き、予定時間をはるかに超える濃厚な対談となった

ル・マンジュ・トゥー

ル・マンジュ・トゥー

[住所]東京都新宿区納戸町22
[電話]03-3268-5911
[営業時間]18時~22時※完全予約制
[休日]日・月
[交通]都営大江戸線牛込神楽坂駅A1出口から徒歩7分

撮影/鵜澤昭彦、取材/肥田木奈々

※2022年6月号発売時点の情報です。

※全国での新型コロナウイルスの感染拡大等により、営業時間やメニュー等に変更が生じる可能性があるため、訪問の際は、事前に各お店に最新情報をご確認くださいますようお願いいたします。また、各自治体の情報をご参照の上、充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いいたします。

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

icon-gallery
icon-prev 1 2
関連記事
あなたにおすすめ

関連キーワード

この記事のライター

おとなの週末Web編集部
おとなの週末Web編集部

おとなの週末Web編集部

最新刊

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌「おとなの週末」。11月15日発売の12月号は「町中華」を大特集…