九州の田舎者で、子供の頃から東京に憧れ、用もないのに地図を買った。もう行ったつもりで、あちこち眺めている内に気がついた。 怪獣かワニの口みたい 世田谷区北烏山と三鷹市牟礼の奇妙な位置関係 何だ、これは!? 世田谷区の北西…
画像ギャラリー九州の田舎者で、子供の頃から東京に憧れ、用もないのに地図を買った。もう行ったつもりで、あちこち眺めている内に気がついた。
怪獣かワニの口みたい 世田谷区北烏山と三鷹市牟礼の奇妙な位置関係
何だ、これは!? 世田谷区の北西端が、奇妙な形にえぐれてる。三鷹市との境目が、大変なことになっているのだ。
いつも載せている国土地理院地図だと、市区境の線が薄いので、明確に引かれている「マピオン」の地図で見てみましょう。
ね、ヘンでしょう?左側のピンク色の部分が、三鷹市。上の黄色が杉並区。そして薄い水色が、世田谷区。
他の箇所でも、境界線が妙な形をしているところが多々あるけど、これはその極め付け。世田谷区北烏山の北西端が深く横にえぐれ、三鷹市牟礼(むれ)2丁目が中に食い込んでいる。まるで怪獣かワニの口みたい。ワニの上顎と下顎とが世田谷区北烏山で、三鷹市牟礼は今にも齧り取られそうな形になっているのだ。
世に「境界線好き」の同志は一定数いるようで、ネットの検索画面で「世田谷区」「三鷹市」「境界」と入れると、立ちどころにここを扱った複数のページがヒットする。
ただ、「デイリーポータルZ」のライターが三鷹市役所に問い合わせてみても、担当者も「私も気にはなっているのですが、昔からこんな形になっているんです」と、理由は分からないとのこと。他のサイトでも、「水路説」「代地説」など色々挙げて考察していたが、結論に至るものはなかった。
世田谷区だけど「武蔵野」の風情
ただ、何でなのかは分からなくても、行ってみることはできる。
てなわけでやって来ました、京王線「千歳烏山」駅。ここから小田急バス「吉02」系統に乗れば、現場近くまで行くことができる。中学生の時に疑問に思ってから早、40年以上。なぜか今まで行く機会がなく、この企画のおかげで実現することになりました。「ここは武蔵野なの!?」の疑義は、今回も無視!
千歳烏山駅の北口は商店街が近接していて、バスを停めるスペースがない。だからちょっと北に歩き、「旧甲州街道」沿いに出なければなりません。目的のバス乗り場は、ビルの1階部分に入り込むようにしてありました。「吉02」系統はここと吉祥寺駅(武蔵野市)とを結ぶ。この狭い場所で折り返さなければならないので、こうするしかなかったのでしょう。
バスは出発すると旧甲州街道を西へ走り、「烏山総合支所」の信号で右折。後はこの「烏山通り」を延々と北へ行くだけ、という、そういう意味ではあまり変化はないコースだ。
ただ、甲州街道(国道20号)を横切った左手に、「北烏山九丁目屋敷林」という市民緑地が。個人所有の広大な土地の一部を、一般にも開放している。昔は豪農もいた名残りなんだろうなぁ、と実感。まだ「世田谷区内」とは言っても既に、「武蔵野」の風情は芬々(ふんぷん)なのですよ。
「東八道路」はどこにあったか?
中央高速道の高架をくぐり、「日本女子体育大学前」のバス停を過ぎる。すると左手に、飲食店の立ち並ぶ一画が見えた。やれ、ありがたや。
今回の目的地は基本的に住宅街。お店はあんまりないだろうなぁ、と覚悟していたのだ。まさか女子大の学食に入り込むわけにもいかないし、ね。三鷹市牟礼から国立市谷保(やほ)に抜ける都道「東八(とうはち)道路」が近くを走ってはいるが、あぁいう大通り沿いには広い駐車場を伴ったチェーン店が多いことだろう。
ところが案に相違して、手近に飲食店が並んでた。これで少なくとも店探しの方面で、悩まされることはなさそうです。
「牟礼前」バス停で下車。普通「〇〇前」なんて名前だと、何かの施設名なんかが「〇〇」に入ることが多いんだけど、ここでは町名。確かに厳密に見てみると、バス停の立つ場所はギリギリ市区境の世田谷区側。「目の前が三鷹市牟礼」であることは間違いない。ただ、そういう意味でバス停名をつけたわけではないでしょうに(笑)
バスを降り、「烏山通り」から西に向かう路地に入る。市区境はこの通り沿いに走ってる。左手が世田谷区北烏山。そして右手が三鷹市牟礼であるわけだ。ただし道沿いは工事中だったこともあり、そういうことを示すいい写真を撮ることができなかった。
やがて路地は丁字路にぶつかった。右に行けばすぐ「東八道路」に出る。
ここで思いついて、スマホの位置情報を立ち上げてみた。そう、ここはワニの口の開口部に当たるのだ。うーん、俺、今にも食われそうなところ(笑)
ワニの上顎の先端は、「東八道路」のど真ん中に位置する。ちょっと、あそこに立つことはできない。
ところが「東八道路」の歩道を元来た方角に戻ると、途中で市区境を跨ぐことになる。
小学生の頃、「関門トンネル」の歩道を歩いてて、海底の県境を見て大いに興奮した思い出がある。俺今、片足が福岡県でもう片足は山口県にいるんだぜ。あれから40云年、経ってもやってることは何も変わりませんな(汗)。歩道沿いには地元農家の野菜の直売所があって、「やっぱり武蔵野〜」感を醸し出してました。
市区境に建つ大規模マンション群
さぁさっきのバス停のところまで戻り、今度は東側に切り込む路地に入る。ここもまた市区境。左手には「世田谷区北烏山」の住所表示があったけど、右手に停めてあった車は「多摩ナンバー」でしたよ。
そう、ここではこんな狭い路地を挟んだご近所さんでも、左か右かで行く小学校から違ってしまうわけだ。実際に住んでる人からすれば、どんな感覚なんでしょうね。
やがてこちらの路地も丁字路にぶつかった。目の前にあるのは体育館。地図を見てみると、体育館の建物だけが三鷹市牟礼に入っていて、駐車場その他の敷地は世田谷区でした。
さぁ問題は体育館の裏手にある大規模なマンション群だ。市区境はこの敷地内を突っ切っている。マンション棟は1番館から10番まであるみたいだけど、どれに住むかによって世田谷区か、三鷹市かの住民に分かれてしまうわけだ。あぁ、ややこしい。
マンション敷地の東側にやって来ました。ここがワニの口の喉奥部分。三鷹市内はここまでです。目の前の道を渡れば世田谷区。
ところが「下本宿通り」に出て、バス停の方角に戻ろうとすると道の向こうもまた「三鷹市牟礼」の表示。一瞬、戸惑ったが、そうか。ワニの上顎は細長い。逆に言うと世田谷区の方が、三鷹市内に深く食い込んでいる、という見方もできるわけだ。
せっかくなんで「下本宿通り」をちょっと東に行ってみた。ここは世田谷区と三鷹市、更に杉並区という3つの境界の交差点。こういうところに立つ、というのもなかなかあることではないですよ。
オムライスに、胸を射抜かれた!
さぁバス通りを戻っていよいよ「グルメの本番」と行きましょう。
バス停、一つ分だけ戻るとさっきの道中、見つけた飲食店の並ぶ一画に。どれにしようかなぁ。かなり悩んだ。特に一番左の居酒屋さん。昼間はランチもやっていて、「焼き鳥丼」の表示にかなり惹かれたが、やはり「定食」の大書きに負けて真ん中の「いまはな」へ。看板にあった「オムライス」の文字に胸を射抜かれました。
前回の「商店街編」、第3回の北新宿でオムライスを食べ損ねてたし、なぁ。今回こそ、の思いも私の背中を押してくれたわけです。
店内はモロ、昭和の喫茶店風。壁一面に色んなメニューが貼り出され、「本日のおすすめ」のホワイトボードも。そこにあった「中盛かつカレー」840円は、(通常のかつの量の2倍)と添書きがあって、「中盛」なのにどんなんじゃ!? と気になったけど、ここは初心貫徹でオムライスを注文しました。少食ですしね。ただし普通は740円だけど、せっかくなんで「おすすめ」にあった、100円増しのデミグラがけを、と、ちょっと贅沢。
すると出て来たのが、これですよ。
おおぅ〜、卵はふわふわ。そこにたっぷりかかったデミグラスソースが、ちょっと苦味を帯びる豊かな風味で、全体を柔らかく包み込んでくれる。
ちょっとオムレツを割って中を覗くと、一般的なケチャップたっぷりのチキンライスではなく、こっちを炒める際にもデミグラスソースを使ってるみたい。いやぁ〜、本当に贅沢だわ。100円、奮発してよかった!
ライスは本格西洋料理なのに、添えてあるのは純和風の味噌汁、というのもいいですねぇ。これぞ昭和。店内から料理から、云十年タイムスリップしたような体験でした。
元々はあんなヘンな境界線さえなけりゃ、こっちの方面に来ることなんてまずなかった筈。そしたらこのオムライスにも出会ってなかったわけですよ。
そう考えると巡り会いって、ホントちょっとした運命の連なりなんですね。世田谷区さん、三鷹市さん、あの境界線はずっとあのまんまにしといて下さい。
『いまはな』の店舗情報
[住所] 東京都世田谷区北烏山7-30-32
[電話]非公開
[営業時間] 11時半〜15時、17時〜21時半
※新型コロナウイルス感染拡大の影響で、営業時間や定休日は異なる場合があります。
[休日]不定休
[交通]京王井の頭線久我山駅から徒歩約22分、京王線千歳烏山駅から徒歩約23分
西村健
にしむら・けん。1965年、福岡県福岡市生まれ。6歳から同県大牟田市で育つ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に『ビンゴ』で作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『光陰の刃』『バスを待つ男』『バスへ誘う男』『目撃』、雑誌記者として奔走した自身の経験が生んだ渾身の力作長編『激震』(講談社)など。
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