東京路線バスグルメ

奇妙な“市区境”で出会った卵ふわふわ、たっぷりデミグラスのオムライス 東京路線バスグルメ・武蔵野編(4)

世田谷区北烏山の『いまはな』

九州の田舎者で、子供の頃から東京に憧れ、用もないのに地図を買った。もう行ったつもりで、あちこち眺めている内に気がついた。 怪獣かワニの口みたい 世田谷区北烏山と三鷹市牟礼の奇妙な位置関係 何だ、これは!? 世田谷区の北西…

画像ギャラリー

九州の田舎者で、子供の頃から東京に憧れ、用もないのに地図を買った。もう行ったつもりで、あちこち眺めている内に気がついた。

怪獣かワニの口みたい 世田谷区北烏山と三鷹市牟礼の奇妙な位置関係

何だ、これは!? 世田谷区の北西端が、奇妙な形にえぐれてる。三鷹市との境目が、大変なことになっているのだ。

いつも載せている国土地理院地図だと、市区境の線が薄いので、明確に引かれている「マピオン」の地図で見てみましょう。

三鷹市と世田谷区と杉並区の境目

ね、ヘンでしょう?左側のピンク色の部分が、三鷹市。上の黄色が杉並区。そして薄い水色が、世田谷区。

他の箇所でも、境界線が妙な形をしているところが多々あるけど、これはその極め付け。世田谷区北烏山の北西端が深く横にえぐれ、三鷹市牟礼(むれ)2丁目が中に食い込んでいる。まるで怪獣かワニの口みたい。ワニの上顎と下顎とが世田谷区北烏山で、三鷹市牟礼は今にも齧り取られそうな形になっているのだ。

三鷹市牟礼2丁目が深く食い込む

世に「境界線好き」の同志は一定数いるようで、ネットの検索画面で「世田谷区」「三鷹市」「境界」と入れると、立ちどころにここを扱った複数のページがヒットする。

ただ、「デイリーポータルZ」のライターが三鷹市役所に問い合わせてみても、担当者も「私も気にはなっているのですが、昔からこんな形になっているんです」と、理由は分からないとのこと。他のサイトでも、「水路説」「代地説」など色々挙げて考察していたが、結論に至るものはなかった。

世田谷区だけど「武蔵野」の風情

ただ、何でなのかは分からなくても、行ってみることはできる。

てなわけでやって来ました、京王線「千歳烏山」駅。ここから小田急バス「吉02」系統に乗れば、現場近くまで行くことができる。中学生の時に疑問に思ってから早、40年以上。なぜか今まで行く機会がなく、この企画のおかげで実現することになりました。「ここは武蔵野なの!?」の疑義は、今回も無視!

千歳烏山駅の北口は商店街が近接していて、バスを停めるスペースがない。だからちょっと北に歩き、「旧甲州街道」沿いに出なければなりません。目的のバス乗り場は、ビルの1階部分に入り込むようにしてありました。「吉02」系統はここと吉祥寺駅(武蔵野市)とを結ぶ。この狭い場所で折り返さなければならないので、こうするしかなかったのでしょう。

ビル1階にあるバス乗り場

バスは出発すると旧甲州街道を西へ走り、「烏山総合支所」の信号で右折。後はこの「烏山通り」を延々と北へ行くだけ、という、そういう意味ではあまり変化はないコースだ。

ただ、甲州街道(国道20号)を横切った左手に、「北烏山九丁目屋敷林」という市民緑地が。個人所有の広大な土地の一部を、一般にも開放している。昔は豪農もいた名残りなんだろうなぁ、と実感。まだ「世田谷区内」とは言っても既に、「武蔵野」の風情は芬々(ふんぷん)なのですよ。

「東八道路」はどこにあったか?

中央高速道の高架をくぐり、「日本女子体育大学前」のバス停を過ぎる。すると左手に、飲食店の立ち並ぶ一画が見えた。やれ、ありがたや。

今回の目的地は基本的に住宅街。お店はあんまりないだろうなぁ、と覚悟していたのだ。まさか女子大の学食に入り込むわけにもいかないし、ね。三鷹市牟礼から国立市谷保(やほ)に抜ける都道「東八(とうはち)道路」が近くを走ってはいるが、あぁいう大通り沿いには広い駐車場を伴ったチェーン店が多いことだろう。

ところが案に相違して、手近に飲食店が並んでた。これで少なくとも店探しの方面で、悩まされることはなさそうです。

「牟礼前」バス停で下車。普通「〇〇前」なんて名前だと、何かの施設名なんかが「〇〇」に入ることが多いんだけど、ここでは町名。確かに厳密に見てみると、バス停の立つ場所はギリギリ市区境の世田谷区側。「目の前が三鷹市牟礼」であることは間違いない。ただ、そういう意味でバス停名をつけたわけではないでしょうに(笑)

牟礼前バス停

バスを降り、「烏山通り」から西に向かう路地に入る。市区境はこの通り沿いに走ってる。左手が世田谷区北烏山。そして右手が三鷹市牟礼であるわけだ。ただし道沿いは工事中だったこともあり、そういうことを示すいい写真を撮ることができなかった。

やがて路地は丁字路にぶつかった。右に行けばすぐ「東八道路」に出る。

ここで思いついて、スマホの位置情報を立ち上げてみた。そう、ここはワニの口の開口部に当たるのだ。うーん、俺、今にも食われそうなところ(笑)

ワニの上顎の先端は、「東八道路」のど真ん中に位置する。ちょっと、あそこに立つことはできない。

ところが「東八道路」の歩道を元来た方角に戻ると、途中で市区境を跨ぐことになる。

小学生の頃、「関門トンネル」の歩道を歩いてて、海底の県境を見て大いに興奮した思い出がある。俺今、片足が福岡県でもう片足は山口県にいるんだぜ。あれから40云年、経ってもやってることは何も変わりませんな(汗)。歩道沿いには地元農家の野菜の直売所があって、「やっぱり武蔵野〜」感を醸し出してました。

市区境に建つ大規模マンション群

さぁさっきのバス停のところまで戻り、今度は東側に切り込む路地に入る。ここもまた市区境。左手には「世田谷区北烏山」の住所表示があったけど、右手に停めてあった車は「多摩ナンバー」でしたよ。

そう、ここではこんな狭い路地を挟んだご近所さんでも、左か右かで行く小学校から違ってしまうわけだ。実際に住んでる人からすれば、どんな感覚なんでしょうね。

市区境の路地

やがてこちらの路地も丁字路にぶつかった。目の前にあるのは体育館。地図を見てみると、体育館の建物だけが三鷹市牟礼に入っていて、駐車場その他の敷地は世田谷区でした。

さぁ問題は体育館の裏手にある大規模なマンション群だ。市区境はこの敷地内を突っ切っている。マンション棟は1番館から10番まであるみたいだけど、どれに住むかによって世田谷区か、三鷹市かの住民に分かれてしまうわけだ。あぁ、ややこしい。

マンション敷地の東側にやって来ました。ここがワニの口の喉奥部分。三鷹市内はここまでです。目の前の道を渡れば世田谷区。

ところが「下本宿通り」に出て、バス停の方角に戻ろうとすると道の向こうもまた「三鷹市牟礼」の表示。一瞬、戸惑ったが、そうか。ワニの上顎は細長い。逆に言うと世田谷区の方が、三鷹市内に深く食い込んでいる、という見方もできるわけだ。

せっかくなんで「下本宿通り」をちょっと東に行ってみた。ここは世田谷区と三鷹市、更に杉並区という3つの境界の交差点。こういうところに立つ、というのもなかなかあることではないですよ。

オムライスに、胸を射抜かれた!

さぁバス通りを戻っていよいよ「グルメの本番」と行きましょう。

バス停、一つ分だけ戻るとさっきの道中、見つけた飲食店の並ぶ一画に。どれにしようかなぁ。かなり悩んだ。特に一番左の居酒屋さん。昼間はランチもやっていて、「焼き鳥丼」の表示にかなり惹かれたが、やはり「定食」の大書きに負けて真ん中の「いまはな」へ。看板にあった「オムライス」の文字に胸を射抜かれました。

前回の「商店街編」、第3回の北新宿でオムライスを食べ損ねてたし、なぁ。今回こそ、の思いも私の背中を押してくれたわけです。

店内はモロ、昭和の喫茶店風。壁一面に色んなメニューが貼り出され、「本日のおすすめ」のホワイトボードも。そこにあった「中盛かつカレー」840円は、(通常のかつの量の2倍)と添書きがあって、「中盛」なのにどんなんじゃ!? と気になったけど、ここは初心貫徹でオムライスを注文しました。少食ですしね。ただし普通は740円だけど、せっかくなんで「おすすめ」にあった、100円増しのデミグラがけを、と、ちょっと贅沢。
すると出て来たのが、これですよ。
 
おおぅ〜、卵はふわふわ。そこにたっぷりかかったデミグラスソースが、ちょっと苦味を帯びる豊かな風味で、全体を柔らかく包み込んでくれる。

『いまはな』のオムライス

ちょっとオムレツを割って中を覗くと、一般的なケチャップたっぷりのチキンライスではなく、こっちを炒める際にもデミグラスソースを使ってるみたい。いやぁ〜、本当に贅沢だわ。100円、奮発してよかった!

ライスは本格西洋料理なのに、添えてあるのは純和風の味噌汁、というのもいいですねぇ。これぞ昭和。店内から料理から、云十年タイムスリップしたような体験でした。

元々はあんなヘンな境界線さえなけりゃ、こっちの方面に来ることなんてまずなかった筈。そしたらこのオムライスにも出会ってなかったわけですよ。

そう考えると巡り会いって、ホントちょっとした運命の連なりなんですね。世田谷区さん、三鷹市さん、あの境界線はずっとあのまんまにしといて下さい。

『いまはな』の店舗情報

[住所] 東京都世田谷区北烏山7-30-32
[電話]非公開
[営業時間] 11時半〜15時、17時〜21時半
※新型コロナウイルス感染拡大の影響で、営業時間や定休日は異なる場合があります。
[休日]不定休
[交通]京王井の頭線久我山駅から徒歩約22分、京王線千歳烏山駅から徒歩約23分

西村健

にしむら・けん。1965年、福岡県福岡市生まれ。6歳から同県大牟田市で育つ。東京大学工学部卒。労働省(現・厚生労働省)に勤務後、フリーライターに。96年に『ビンゴ』で作家デビュー。2021年で作家生活25周年を迎えた。05年『劫火』、10年『残火』で日本冒険小説協会大賞。11年、地元の炭鉱の町・大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で日本冒険小説協会大賞を受賞し、12年には同作で吉川英治文学新人賞。14年には『ヤマの疾風』で大藪春彦賞に輝いた。他の著書に『光陰の刃』『バスを待つ男』『バスへ誘う男』『目撃』、雑誌記者として奔走した自身の経験が生んだ渾身の力作長編『激震』(講談社)など。

新刊情報
人気シリーズ最新作『バスに集う人々』(2023年1月刊行予定、実業之日本社)が、なんと今だけ、Apple Books(アップルブックス)で無料で読めます!単行本発売までの超スペシャル企画です。ご注目ください。http://apple.co/applebooks

画像ギャラリー

関連キーワード

この記事のライター

関連記事

シチリア島の名店で腕を磨いた店主の本格シチリア料理!『TRE CULI(トレクーリ)』は店主の出身地・広島とシチリアが融合

ワイン輸入会社が手掛ける人気店『銀座 トレオン16区』 肉推しだけではない!裏テーマは「岩手からの産直野菜」

朝ごはんで“世界旅行” 『WORLD BREAKFAST ALLDAY 銀座店』のワンプレートで「世界を知る」

名店の洋食弁当はまさに“いいとこ取り” 『レストラン香味屋』人気の揚げ物もズラリ

おすすめ記事

名古屋のコーヒーは量が多い!?コーヒー好き女優・美山加恋がモーニングでその真相を知る

肉厚!もつ煮込みがうまい 創業70年の老舗『富久晴』はスープも主役「ぜひ飲み干して」

東京、高田馬場でみつけた「究極のラーメン」ベスト3店…鶏油、スープ濃厚の「絶品の一杯」を覆面調査

禁断の2尾重ね!「うな重マウンテン」 武蔵小山『うなぎ亭 智』は 身がパリッと中はふっくら関西風

この食材の名前は? やせた土地でも育ちます

満腹でも気分は軽やか!東京産食材にこだわったヘルシービュッフェ を提供 八重洲『ホテル龍名館東京 花ごよみ東京』

最新刊

「おとなの週末」2024年12月号は11月15日発売!大特集は「町中華」

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌「おとなの週末」。11月15日発売の12月号は「町中華」を大特集…