厳かに清い湯に現世の汚れが流れ落ちる!?
引き戸を横に開けるといきなり質素な脱衣場があり、縦長の浴槽がふたつ見えた。
奥が熱く手前が少し緩いのだろうか? とにかく入浴する準備だ! 洗面器でかけ湯して体を洗った。
そして「よし! 静かに、静か〜に」と気合を入れながら身体を湯の中にゆっくり潜らせた。
肩まで湯に浸かった俺は「あぁ」と思わず声を出した。
「風ちゃん! これはすごいぞよ。とてつもなく鮮烈な湯だ!!」
湯が全く身体の表面にまとわりつかないのだ。
「親方、魂が口から半分出てますよ」
「危ない、危ない! あんまり気持ちよくって幽体離脱するところだったぞ」
「究極のサッパリ感! まさにまさに、温かいのに静かさを感じる湯でやんす。心が鎮まるでございまする」
薄いコバルトブルーに透きとおるそのお湯は、数々の硫黄泉に入ってきた俺ですら、全く今まで味わったことがない強烈な酸性の湯で、現世の汚れをスパッと払い落としてくれそうだ。
「これを参拝前に浴びたわけだな!」
「親方、厳かに清い湯とも申しましょうか、頭の先から爪先までがサッパリいたします」
「俺、なんだか解脱しそうだ」
「親方、そんなに簡単にできますかって!(笑)」
「そりゃそうだけどさぁ(笑)」
参詣の人が他にいなかったこともあり、俺たちはゆっくり湯に浸かり現世の汚れを完全に洗い流したような気分になった。
「親方! これであっしらは晴れて真人間でやんすね」
「風ちゃん、それ言い過ぎだって」
「(笑)」
その後、俺たちは着替えて地蔵堂をお参りし、境内をひと通り見学した。他の温泉巡りも考えたが、正直一湯でもう十分な感じだった。そこで他の湯は再訪した時にとっておこうという話になり、山門で一礼して寺を後にした。
静かに時間が流れるこの恐山の空の下、駐車した車に向かう間俺は「風ちゃん」に感想を聞いてみた。
「どうだった『風ちゃん』?」
そしたら彼はポツリと言った。
「親方、わざわざこちら恐山に寄ってもらいやして、ありがとうございました。本当に心が洗われやした。いろいろ思うところはありますが、いずれにしても、現代人はこの温泉に浸かって死者を敬う清らかな気持ちをもう一度認識してもらいたいんでガス。この場所はそういう厳かな場所でありんすよ」
たまにはいいこと言う師匠でありました。
「珍しく意見が同じだよ! 俺もそう思う」
コバルトブルーに鈍く輝く宇曽利山湖を横目に見ながら俺は小さくつぶやいた。そして、恐山を後にした俺たちは次の目的地である下風呂温泉へと向かったのだった。
取材・撮影/鵜澤昭彦