東京屈指の繁華街・新宿。賑やかで華美な街で、ところどころに時代の面影を残すお店がある。中へ入れば、落ち着いた雰囲気に和み、脈々と受け継がれる味に頬が緩む。街の良心ともいえる老舗の魅力を伝えたい。長年新宿で営業しているから…
画像ギャラリー東京屈指の繁華街・新宿。賑やかで華美な街で、ところどころに時代の面影を残すお店がある。中へ入れば、落ち着いた雰囲気に和み、脈々と受け継がれる味に頬が緩む。街の良心ともいえる老舗の魅力を伝えたい。長年新宿で営業しているからこそ聞けた、街の移り変わりの話とともにお届けします。
創業大正10(1921)年『王ろじ』
初代店主の斬新な発想が生み出した不朽の名品
ザクザク衣にジューシーかつさっぱりなロース肉。そのカツをサラッとスパイシーなカレーがけご飯の上にのせたのが名物「とん丼」だ。半世紀近く愛されるこの料理が生まれたのは、2代目店主が小学生の時。それまであったカツ丼が、ある日突然現在の形になったのだそう。「尖った親父だった」と2代目が語る初代店主はなんと「とんかつ」という名称の生みの親でもある。
とん丼 1200円、とん汁 500円
初代が『王ろじ』の前身店を開く際、看板にとんかつの文字を載せたのが始まりで、のれんにある丸っこいんかつの字も初代のデザインだ。そんな人が考えた料理はやっぱりひと味違う。焼酎漬けニンニクと焼きリンゴで、独特の香味を引き出したカレーとカツのハーモニーはハッとするほどおいしい。時代を切り開いてきた老舗の味は今なお新鮮な喜びを与え続けている。
[住所]東京都新宿区新宿3-17-21
[電話]03-3352-1037
[営業時間]11時15分〜14時半、17時半〜20時※火はランチのみ
[休日]水
[交通]地下鉄丸ノ内線ほか新宿三丁目駅B5出口から徒歩2分
創業明治38(1905)年『小ばやし』
喧騒から離れうな重と向き合う口福
繁華街の一角に120年近く続く店がある。きっと新宿を歩いた人なら誰もが目にするだろう『小ばやし』の看板。騒がしい色に囲まれひっそりとあるが、中に入ると長い時を刻んだ空間が醸す心地よい静けさがある。うなぎを焼くのは4代目の女店主だ。「小ばやしの味を守るため」と自ら修業を積み、焼き台の前に立つ。
うな重松 4730円、肝のお吸い物 330円
その腕で焼き上げられたうなぎはかりっと香ばしく軽やかでありながら、皮目の柔らかさを引き出している。継ぎ足し受け継いだタレはほんのり酸味があり、それがあと引く旨さ。この空間でこのうなぎに向き合う幸せが、末長く続くようにと祈らずにいられない。
[住所]東京都新宿区新宿3-25-6
[電話]03-3352-5884
[営業時間]11時〜15時半、17時〜19時半LO
[休日]水
[交通]JR山手線ほか新宿駅東口から徒歩2分
創業昭和11(1936)年『居酒屋 千草』
常連客が受け継ぐ老舗居酒屋の空気感
店内の壁には映画や演劇のポスター、頭上には名だたる役者のサインが並ぶ。戦前に初代店主が開いた同店は文学座の役者だった2代目店主の交友関係から、演劇関係者が多く通う店になった。「ゆったりくつろげて客同士がフランクにつながる感じ」と当時の雰囲気を語るのは3代目の店主だ。
千草巻 1350円
この3代目、実は元常連客。2代目が建物の老朽化で閉店を考えていたところ、この店を残したいと名乗り出て再オープンした。ビルは建て替えられたが、レトロで落ち着く雰囲気とおいしい料理は変えないよう心がけたという。名物「千草巻」と日本酒で飲めば、今日もまた会話が弾む。
[住所]東京都新宿区新宿3-34-3 千草ビル1階
[電話]03-5357-7822
[営業時間]17時〜23時
[休日]無休
[交通]JR山手線ほか新宿駅東南口から徒歩2分
創業昭和52(1977)年『Jazz Cafe & Bar DUG』
ジャズ音楽と時を止めた空間がやさしく包む
階段を降りていくと静かな4ビートが耳に入る。レンガ壁に囲まれた店内はまるでタイムスリップしたように懐かしい雰囲気だ。2代目店主は「何年かぶりに来ても『変わらないね』と言ってもらえるように」と、内装は開店当時のままだと話す。現『DUG』の前身が靖国通りのこの地に生まれたのは1977年のこと。新宿のジャズ喫茶シーンを作った『DIG』の支店としてオープンした。
ミートパイ 540円、ボウモア12年 1130円
『DIG』がおしゃべり禁止の店だったのに対し『DUG』はそうしたルールはなし。お酒や食事を楽しみながら会話もできるという大らかさだ。お酒はカクテルが100種以上、ウイスキー50種以上という豊富さ。グラスを傾けながらゆったり、音楽に浸りたい。
[住所]東京都新宿区新宿3-15-12
[電話]03-3354-7776
[営業時間]12時〜23時半
[休日]無休
[交通]地下鉄丸ノ内線ほか新宿三丁目駅B5出口から徒歩4分
新宿騒乱、荒木テーブル…各店主が見てきた新宿の移り変わり
実はワタクシ新宿区民です。なんだけど、いまだに新宿ってどんな街かイマイチピンときていない。「ゴジラのビルがある」も「三大繁華街の歌舞伎町がある」も間違っちゃいないが今ひとつ解像度が粗い気がする。まあ学生時代含めて10年かそこらしかこの街を見ていないのだからそりゃそうか。じゃあここでずっと街を見てきた老舗は、どんな新宿を見てきたんだろう?
「今じゃ新宿は観光地化してるけど、もっと危ない街だった。昭和真っ只中の頃は何が起きてもおかしくないような緊張感があったね。実際いろいろと起きていたし」。そう話すのは『王ろじ』2代目店主・来住野正明さんだ。生まれも育ちも新宿で、1979年に20歳で店に入る前から昭和期の新宿を見てきた。緊張感があったとは!?
「1968年に『新宿騒乱』という、ベトナム戦争に反発した学生が反戦デーに合わせて起こした暴動があったんです。駅が学生に占拠されてすごかったですよ。南口は焼かれるし、電車の窓ガラスは割られるし。僕は店の2階にいたんだけど、催涙弾が風にのってきて目がもう痛くて痛くて。あとは70年代は街中での喧嘩も多かった。特にあるふたつの高校が天敵同士で激しくやり合っていたね。その時代は暴走族全盛期でもあったから、新宿通りが土曜の夜になると暴走族で埋め尽くされるんですよ。そういう時代でしたね」。
一方で、『小ばやし』の4代目店主・古幡洋子さんは反対の印象を伝えてくれた。「私が子供の頃、1960年代後半の新宿は普通の商店街という感じでした。店の前が舗装もされていなくて、近所の八百屋さんやコーヒー屋さんなどの子供がそこらへんで遊んでいましたね」と語る。1969年頃から新宿に出入りし、ジャズ喫茶や喫茶店に通っていた『千草』3代目店主の杉本茂さんは、「今よりゆったりラフな雰囲気があった」とも言う。
実際話を聞いていると、新宿には剣呑な繁華街という面以外に文化的な街としての側面があったようだ。「今でも新宿には音楽を聴けるバーなんかが多くあるけど、あの頃はもっと多かった。特に『DIG』ができた頃は新宿にジャズ喫茶が溢れていましたね」と話すのは『DUG』の2代目店主・中平塁さん。
『DIG』は塁さんの父で初代店主の中平穂積さんが1961年アルタ裏のビルに開いたジャズ喫茶。人気を集め、ジャズ喫茶ブームを盛り上げた。当時の『DIG』には芸術家の卵を引き寄せるような雰囲気があり、自分の作品を店に飾ってくれと持ち込む人が後を経たなかったそう。「あそこのテーブル席にはよく写真家の荒木経惟さんが座っていてね。いつも4、5人で来て打ち合わせをしていたから”荒木テーブル”って呼んでいたんです」というように、同店には著名人も多く訪れていた。
『DUG』だけじゃない、『王ろじ』には作家の柴田錬三郎や俳優の三國連太郎が、『小ばやし』には歌手の小坂一也が常連で、『千草』は演劇人の溜まり場だった。考えてみれば、昔から新宿には『紀伊国屋書店』があって、レコード屋も、映画館も、寄席も、劇場もあった。もとより文化に根ざして発展してきた街でもあったのだ。もちろん街の様子は時代とともに変わっている。それでも敢えてこう言いたい気分だ。新宿って案外文化的な街なんだよ、と。
撮影/小島 昇、取材/藤沢緑彩
※2023年9月号発売時点の情報です。
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。
画像ギャラリー