高級化粧品会社『アルビオン』代表取締役社長の小林章一さんが、さまざまな飲食業界の人たちと熱く語り、刺激し合う特別対談企画。
今回は、九州・福岡にある気鋭のスイーツ店『Wine & Sweets tsumons』の香月友紀さんを尋ね互いの感覚的な部分や原点を見つめ合う機会となりました。
お客様の記憶に残るオリジナリティとは
福岡の中心地、渡辺通から奥に入った静かな路地の一軒。スイーツデザイナーの香月友紀さんがオーナーパティシエを務める『Wine&Sweets tsumons(つもん)』は、ワインやスピリッツ等のお酒とスイーツのマリアージュをコース仕立てで楽しめる店だ。そのオンリーワンの世界観は劇場型と称され、県内外はもちろん海外からもファンが訪れる。
遠方からもわざわざ足を運ばせる“つもんワールド”とは一体……。そう、今回の舞台は九州・福岡。同じく唯一無二の商品づくりを追求する高級化粧品会社社長、小林章一さんが向かった。互いの根底に流れる情熱と感性はどう共鳴し合うのか。さあ、ショーの幕開けである。
香月さん(以下、香)「まずは飛行機の旅でお疲れだと思うので、日本人のDNAを刺激する赤紫蘇の香りのマルガリータでピッと元気になってもらって(笑)。ところで御社の化粧品にはメリッサ(レモンバーム)などのハーブを使用したものがありますよね。今朝、私の庭で育てている同じハーブ類を摘んできました。今日はこれらを使った様々なスイーツやお酒で香りを体験していただこうと思います」
小林さん(以下、小)「それは楽しみです。実は甘い物は大好きなのですが、体調と体重管理のために日頃は控えているので……ああ、このラベンダーミントもいい香りですね。ミントなのにラベンダーがほのかに。面白い」
素材からこだわるふたりの共通点は
香「私はいつもお客様に香りを楽しんでほしいと思っているんです。最近は自分で調合して香りを作ることも多く、ハーブが役立っています。自分で素材を育てることは欲しい香りを自ら生み出せることでもあるので強みになりますよね。化粧品の原料となる植物を自社でも栽培される御社の考えと共通するのでは。なぜ土から育てようと?」
小「高級化粧品の専門として何が違うのかと問われた時、他社と同じように商社から原料を購入して作ったものでいいのだろうかと考えたんです。品質や価値をお客様に納得して選んでいただくためにも、原料の植物はなるべく契約農家や、白神山地にある自社農場で栽培することにしました。自分たちで育てるようになると、茎、根、葉のどの部分に一番栄養があるか、どこの成分が肌にいいか、あるいはどんな組み合わせがいいかなど研究を通じて知ることができるので、より肌にいい商品開発に取り組めるようになる。それって説得力が違うと思うんです」
香「本当、安心感にも繋がりますよね。葉ひとつ取っても柔らかさや香りは季節によって違うので、自社で畑を持っていらっしゃると、使うタイミングなど素材を操作することができ、オリジナリティを表現できますよね。桃とシャインマスカットで季節の移ろいを表現したこのソルベも、私が育てたハーブやお酒で香りを演出しているので体験してみてください。桃には自分で抽出したバラの香り、マスカットにはフレッシュなラベンダーミントとラベンダーの蒸留酒の香りを添えています」
小「いやあ、組み合わせが実に面白い。桃とバラの相性って難しいと思うんですよね。口に入れた瞬間にこれほど合うとは驚きです。しかも両方が互いの味や香りを邪魔していない。こういった組み合わせや新作を考える時、試食前に味の想像はできているのですか?」
香「頭でイメージが出来ていて試食はほぼしないですね。すべて感覚なんです。ワインとのペアリングを考える時もそう。でもだいたい合ってる(笑)」
小「それはすごい才能です。ものづくりで大切なこと。組み合わせのアイデアもここでしか体験できないものだと思います。ところで香月さんは親しみのある博多弁でやさしい雰囲気ですが、こうして会話しながらも調理の手の動きや仕事の速さはおしゃべりの穏やかさとは全く違いますね(笑)。今、それは卵白を泡立てているのですか?」
香「ふふ、手は速いのですがおしゃべりの速度は調整できなくて(笑)。この店はスフレありきの”スフレショー”なので、その仕込みをしています。今日はだだちゃ豆とチーズを使ったもの。焼き上がりまで30分ほどかかります。フランスでは『スフレが人を待つのではなく、人がスフレを待つ』という諺があるほど、時間もかかるし、フランス人はそれに対して真剣なんです」
現代人のストレスを解放する真の癒しとは
小「だだちゃ豆とチーズでスフレ? 何だか想像もつかない組み合わせですね。焼き上がりを楽しみに待つとしましょう。それにしても、どのスイーツも繊細な味わいで、すっきりとした甘さです。とても食べやすいですね」
香「最近は糖質制限とか体調管理に気を付ける人も多いでしょう? いつもはあえて説明しませんが、果物の甘さを生かして砂糖を控えめにしたり、ビタミンやたんぱく質を摂れるようにしたりと実は考えています。小林社長も糖質など控えているそうですが、私も炭水化物が大好き。特にお米。日頃は制限もしますが、今日は食べるぞ! という時はその一瞬一瞬を輝かせたいから手が込んだ栗ご飯を炊いたりして楽しんでいます。社長はどうですか?」
小「私はワインが好きなのですが、週2回の休肝日を設けているので、代わりといっては何ですがその日は糖分も炭水化物も制限しないんです。ご飯なら軽く2杯は食べますよ。ただでさえ仕事でもストレスが多いのですから(笑)、自分を解放してあげないと」
香「現代はストレス社会だから、それを解放してあげられる仕事が求められる時代ですよね。畑を持ち、原料からこだわり、高品質の化粧品で癒しを与えてくれる御社もそうだし、私もきっと同じ。体調に合わせて薬を調合する欧州のハーブ薬局のように、口に入れる物で癒しを表現したいと思っています。心から癒されたと喜んで帰られるお客様も多いんですよ。解放してあげられること=楽しいと感じてもらえること。毎月来てくださる方もいます」
小「変な意味ではなく、香月さんのスイーツとお酒との組み合わせはどこか中毒性がありますね。実は私も化粧品にそういう感覚を求めるんです。例えば肌に付けた時に最初は少しクセがあると感じても、なぜか離れられなくなる……ハマるというのでしょうか。来年、発売から50年を迎える定番のロングセラー化粧水『薬用スキンコンディショナー エッセンシャル』がまさにそのイメージです。個性の強い使い心地なので最初は驚くかもしれないけれど、『使わないといられなくなる』と言ってくださるお客様も多く、熱狂的な支持がある商品です。そんな魅力のある化粧品づくりが私の理想です」
香「万人に受け入れられるものはクセにならない。ある意味”毒”的な驚きや魅力がないと長く求められないと思います。私と社長はおしゃべりの速度は違うけど(笑)、本質は似ているのかも。さあ、スフレが焼き上がりました」
小「これはすごい。上まで背が高く膨らんでいますね。中はふわっふわ。私が知っているスフレとは違います」
香「いつも『どうやったらこんなに生地を膨らませられるのか』と聞かれるので『愛です』と答えています(笑)」
小「確かにハンドミキサーも使わず手作業でひたすら泡立てる真摯な姿を目の前で見ていれば納得です。なぜスフレがメインの店にしたのですか?」
香「スフレはサプライズ要素が強く、ふわっと膨らませる瞬間芸なだけに儚いでしょう? 人はそういうものや体験に心を動かされる部分があると思うのです。体験には希少価値があります。その場所に行き、そのときにしか得られない感覚ってすごく鮮明に覚えていますよね。味わいは忘れてしまうかもしれないけれど、楽しかったという感覚は思い出として記憶に一生残るから」
一番大事にする原点はいかに喜んでもらえるか
小「わかります。新しい驚きや発見が価値となって感動を生む。それには独自の創造性が大事です。例えば高級店によくある構成で、フォアグラなど高い素材を使うばかりではつまらないと思うのです。オリジナリティのある素材を探したり、組み合わせを考えるのも難しいことですが、香月さんはそれが感覚でわかるのですから才能であり唯一無二ですね。私たちの化粧品もそれを目指していますし、より一層高めていこうと新しい挑戦を続けています」
香「それこそ10年ほど前の開店当初はこういう店はなく……。先のお話のようにクセのあるものは皆に受け入れられる訳じゃない。だから負けまいと昔は常に鎧を着て戦っている感じでした。でも最近はいかにお客様を楽しませられるか、喜んでいただけるかを第一に考えられるようになったので、以前なら魅力的な香りのお酒に出合うと自分に武器が増えたと思っていたのが、今では人を喜ばせられる魔法を手に入れたと感じるようになったんです」
小「なるほど、魔法を手にした香月さんの世界観がお客様を癒し、満足させるんですね。私たちの化粧品も考え方は同じ。目の前のお客様を喜ばせたいという気持ちが原点です。これからも長く愛していただけるよう、満足と感動をお届けしたいと思っています」
Wine & Sweets tsumons「つもん」
福岡県福岡市中央区高砂1-21-3
TEL092-791-8511
※完全予約制:予約などお問い合わせはお電話にて
ラジオ番組「毎日に夢中〜感動 プロデューサー・小林章一」SUN/19:55〜20:00
撮影/鵜澤昭彦 取材/肥田木奈々