味も雰囲気も人情も◎全部が揃う「下町蕎麦」のおすすめ6選

町場の蕎麦屋は心のオアシスのような存在かもしれない。店主家族のお人柄、重ねた年月の粋な味、麺に丼とお腹いっぱい庶民の味方。おいしいだけじゃない、漂う空気さえ楽しめる下町の名店をふらり訪ねてみませんか。 町蕎麦の味と心意気…

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町場の蕎麦屋は心のオアシスのような存在かもしれない。店主家族のお人柄、重ねた年月の粋な味、麺に丼とお腹いっぱい庶民の味方。おいしいだけじゃない、漂う空気さえ楽しめる下町の名店をふらり訪ねてみませんか。

町蕎麦の味と心意気は次代へと受け継がれる『翁庵』@上野

威風堂々たる日本家屋は、一歩入れば昭和の薫りに満ちている。今は珍しい船底天井に飴色の柱……「翁庵」は町蕎麦の鑑のような店だ。創業は明治だが建物は昭和初期の面影を残したもの。粋な風情も“味”となる。品書きがまた清々しい。酒は松竹梅1種、つまみは少数精鋭。一方、食事は蕎麦にうどんに丼物と気取らぬ味が勢揃い。中でもツユに長ねぎとイカのかき揚げが入る「ねぎせいろ」は店の看板だ。

ねぎせいろ 850円

『翁庵』ねぎせいろ 850円 イカのかき揚げと長ねぎがツユに入る。ダシは宗田節とサバ節。ねぎせいろ専用のツユは大鍋で仕込む。多い日は1日約150食出るとか。蕎粉麦は北海道産

戦時中、高値で手に入らなかったエビの代わりにイカを使って揚げてみたらそれが評判になったとか。ツユがしみた衣も乙で、上品な色と細さにこだわる二八は喜んでもらえるようにと盛りもすこぶるよし。加えて通し営業。いつでも誰でも受け入れてくれる、懐の深さがある。

『翁庵』船底天井が目を引く昭和の風情。常連だった落語家や将棋の棋士のサインも

[住所]東京都台東区東上野3-39-8
[電話]03-3831-2660
[営業時間]11時~20時(19時50分LO)※土は~19時(18時50分LO)
[休日]日・祝
[交通]JR山手線ほか上野駅浅草口などから徒歩3分

浅草観音裏で時を刻む老舗の矜持は当たり前を守ること『弁天』@浅草

下町の風に揺れる暖簾に手招きされて店を覗けば、午後から一献のひとり客、井戸端会議のご近所さん、小さな店に穏やかな幸せがいっぱい。何かいいなあ……と注文した「はまぐりせいろう」がこれまた口福だった。ぷっくり太った身は店主の宮嶋さんが毎朝足立市場で仕入れる千葉産の地蛤だ。

はまぐりせいろう 1650円

『弁天』はまぐりせいろう 1650円 大きさに目を見張る蛤は旨みが濃厚。蕎麦は満足してほしいと量がたっぷり。ダシは本枯節と宗田節を削って仕込む。温かい「はまぐりそば」も

頬張ればあふれる旨みが、更科粉などを配合したのど越しのいい蕎麦にピタリと合う。もともと牡蠣南ばんが人気で、同じく貝類で別の味を作ろうと先代が考えたそう。何気ない中に独自の工夫が光るメニューには、味変を楽しめるにしん蕎麦なども。そんな味を支えるのは、自家削りするカツオ節や、もりとざるで変えるツユなど手を抜かない仕事だ。曰く「当たり前を日々丁寧に」。簡単なことでは決してない。

『弁天』

[住所]東京都台東区浅草3-21-8
[電話]03-3874-4082
[営業時間]11時半~20時半(20時LO)
[休日]火・水・木
[交通]地下鉄銀座線ほか浅草駅3番出口などから徒歩8分

名物いろいろ、下町の人情蕎麦屋『生蕎麦 すぎ栄』@浅草橋

店前には使い込まれた出前用バイク。丼を乗せたお盆を何段も積んで運ぶ店主を見ていれば、地元で愛される店だとすぐわかる。「小学生の頃からエビの殻剥きなど手伝っていて、出前は中学から」と笑うのは2代目だ。先代がこの地に店を構えて54年。名物は多いが、手仕込みのカレールウを使った蕎麦はぜひ試して

カレーせいろ 900円

『生蕎麦 すぎ栄』カレーせいろ 900円 手仕込みのルウは風味豊かで程よく蕎麦に絡む。温かいカレー南蛮やうどん、丼もある

小麦粉をラードで炒る作業から手間暇かける昔ながらの手法で、和ダシの奥からスパイシーな香りが花開けば心地いい陶酔。自家製蕎麦は企業秘密の割り粉を2種用い、のど越しとコシを大事にするそう。

王道なら天ぷら蕎麦。熱々のエビ天をのせるやジュッ。音と共に運ばれると皆喜ぶとか。ちなみにご近所への出前は1品からでも。「高齢の方も多いですからね」。下町人情に泣けてくる。

『生蕎麦 すぎ栄』

[住所]東京都台東区浅草橋3-34-8
[電話]03-3851-2889
[営業時間]11時~20時半(20時LO)※土は~15時
[休日]日・祝
[交通]JR総武線ほか浅草橋駅西口などから徒歩7分

ビル谷間の隠れ家で季節の蕎麦を楽しむ『そば処 大宝家』@日暮里

ビルが建ち並ぶ日暮里駅すぐ近くに、こんな居心地のいい町蕎麦があったとは。創業は昭和32年。現在の店を仕切る3代目は継ぎ足しのかえしなど代々継承する味の原点を守りつつ、新しい挑戦も日々続けてきた。そのひとつが香り蕎麦。柚子切りは秋~初春まで登場する季節物で、同じく時季を迎えた牡蠣と味わう天もりは今まさに光を当てたい名作だ。

柚子切り牡蠣天もり 1550円

『そば処 大宝家』柚子切り牡蠣天もり 1550円 提供は3月半ば頃まで。牡蠣の天ぷらはクリーミー。ぶっかけや温かい牡蠣蕎麦もある

高知産の柚子の皮をすり、更科粉に加えて打つ蕎麦は実に上品で爽やか、三陸や広島など厳選した牡蠣はふくよかな旨み、旬を味わう喜びがある。またうれしいことにつまみも多彩で、自家炊きにしんや国産の鴨焼きは秀逸。厨房に目をやれば数年前から共に働く4代目の熱心な姿もあり、歴史が続くうれしさについつい杯も進むのだ。

『そば処 大宝家』

[住所]東京都荒川区西日暮里2-18-7
[電話]03-3891-3775
[営業時間]11時~21時(20時半LO)
[休日]木
[交通]JR山手線ほか日暮里駅東口などから徒歩1分

目にも楽しい7種類の具材で谷中七福神巡り『松寿庵』@谷中

谷中七福神のひとつ、長安寺の並びにあるこちらの人気は「七福神そば」。丼に神様大集合とは何とも縁起がいいですな。40年以上前の創業時、他にない目玉を作ろうと思い付き、地元七福神に「店で出していいか」と聞いて回って誕生したんだそう。

七福神そば 980円

『松寿庵』七福神そば 980円 エビや紅白カマボコなど味わいも食感も楽しい。蕎麦粉は7割ほどで、細めにするなど機械打ちの配合は店主・橋本さんのご主人が担当。ダシは本節と宗田節を自家削り。冷しもある

恵比須様がエビ、大黒様は背負ってる袋にちなみ袋茸、と各々を見立てた具は肉に野菜と盛りだくさん。店内に貼ってある説明を見ながら巡る、いや食べるのも楽しい。やさしい旨さは83歳の店主夫婦(ご主人は87歳!)と娘さんの地道な仕事から。

長野産蕎麦粉で毎朝仕込む蕎麦はするする吸い込まれていく細さが特長だ。ツユもカツオ節を節のまま茹でて削って丁寧にダシを取る。七福神も家族の努力も集結したこの一杯、食べればほっこり福を呼ぶ。

『松寿庵』

[住所]東京都台東区谷中5-8-29
[電話]03-3821-5235
[営業時間]11時~15時
[休日]月・火
[交通]JR山手線ほか日暮里駅西口などから徒歩5分

1日数回手打ちする素朴な味の蕎麦『手打ちそば処 言問やぶ』@本所吾妻橋

昼下がりに訪れるとご主人が蕎麦打ちの真っ最中。「朝仕込んだ分が出ちゃって。週末は1日3~4回打つこともあるんです」。無駄が出ないよう少量ずつを誠実に。「お待たせすることもあって申し訳ないけど」。いやいや逆に常に打ちたてとはありがたや。実は昔は機械打ちだったが、よりおいしくと手打ちに替えたそう。

天ざるそば 1200円

『手打ちそば処 言問やぶ』天ざるそば 1200円 刻み海苔の量もうれしい。もっちりとしたコシだ。カラッと揚げた天ぷらはエビとイカに彩りのピーマン

二八の蕎麦はやや太め、噛み締めれば香り膨らむ素朴な味だ。天ざるはたっぷりの刻み海苔もうれしくて、上質な胡麻油で揚げたエビも風味抜群。すると女将さん「油がいいからたぬきもおいしいのよ」。そのたぬきも選べる人気のカツ丼セット、大満足の量と旨さにじーん。つまみは女将さん担当で、店は二人三脚で明るく切り盛り。下町の蕎麦屋は仲良し夫妻の名劇場だ。

『手打ちそば処 言問やぶ』

[住所]東京都墨田区向島1-11-1
[電話]03-3622-8704
[営業時間]11時~20時(19時半LO)※水は~15時
[休日]木
[交通]東武スカイツリーラインとうきょうスタイツリー駅・都営浅草線本所吾妻橋駅A3・A4出口などから徒歩10分

撮影/西崎進也(翁庵、すぎ栄)、鵜澤昭彦(弁天)、浅沼ノア(大宝家)、橋本真美(松寿庵)、小島昇(言問やぶ)、取材/肥田木奈々

2023年12月号

※2023年12月号発売時点の情報です。
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

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