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家の中に石垣がある不思議

これら宇宙物理学の施設は、かつて東洋一と呼ばれた神岡鉱山の跡地を利用して建てられている。さっそくラボを出て町を歩こう。地元の生き字引のような街歩きガイド、吉村さんと合流し、鉱山について聞く。その歴史は古く、東大寺の大仏や卑弥呼の鏡まで神岡の鉛が使われているという説もあるのだとか。そして明治以降、大規模な鉱山開発が始まると、全国から仕事を求めて人々が殺到したそうだ。

神岡城から見た密な町並み。山に囲まれ雲が近い。どこか懐かしい共同水屋や急坂の路地、川の上にまで建つ家など神岡ならではの他にはない町歩きを楽しめる

そのため急斜面や川の上にまで家々がみっちり建てられ、まるで“陸の軍艦島”のよう。何しろ最盛期、鉱員さんのお給料は今のお金で月100万円超えと超バブル。料亭や遊郭が建ち並び、エリート技師たちの花嫁候補として若い娘は学校に通い教養を身につけた。だから今も茶道・華道は盛んらしい。

今はもう鉱山が縮小し遊郭は消えすっかり静かになった神岡だけど、昔ながらの建物はそのまま残っている。江戸から続く『大坪酒造』さんもその一軒だ。中を覗くと……店の奥になぜか石垣が!?

『大坪酒造店』天保13年創業。甘口の「飛騨娘」と辛口の「神代」が同店の2本柱。ネット販売も。段丘に建てられているので家の中に立派な石垣が

驚く私に吉村さんは、「ここは1階から4階に相当する急斜面に建っており、この地区には室内に石垣がある家も多いのです」と教えてくれた。

謎の構造は建物に入ってみなければ分からない。

店のおかみさんの秀子さんが、せっかくならと店の奥の高台に大正元年に建てられた重要文化財の別邸に招いてくれた。石段を上がると、優雅な日本庭園と数寄屋造りの建物が現れて平安絵巻に登場しそうな美しい御簾が巻かれている。

『大坪酒造店』祖父の建てた別邸は今も現役で、近所の人との会合に使われる

実は秀子さんの祖父は元お公家さん。公家制度が揺らいだ明治時代、京都・伏見から“婿入り道具” のお雛様とともに飛騨の酒造へやって来たという。当時、移住者でごった返し様々な文化が混じるシルクロードのような町ではあったとはいえ、おっとり系?公家男子が山深い新天地で酒造りの仕事を覚えるのはさぞ大変だっただろう。けれど、もてなしの場がなかった神岡に迎賓館(別邸)を建て、地域の人の足となるバス会社を立ち上げたうえ、議員にも立候補して町の発展に力を尽くしたのだとか。

山奥の古い慣習の窮屈な町だと思いきや、チャレンジをよしとし、出る杭を大切にする気風に私は驚いた。だからこそ、町の人は未知の世界を拓くカミオカンデの存在を誇りに思い、神岡の名を施設につけてくれた亡き物理学者の小柴昌俊先生を今も尊敬し、忘れないでいる。

お礼を言って店を出ると、夕暮れの町に街燈が灯っていた。山の名水が流れる街角の共同水屋からは、野菜を洗うお母さんたちの笑い声が聞こえてくる。今晩の献立について話しているのだろうか。

名水とともに謎も次々と湧き出す町、神岡。最後にご紹介するのは神岡の人もめったに訪れない秘境、地図にない村とも呼ばれる山之村である。いくつかの集落の総称らしいが確かに地図にない。日光のいろは坂ばりのグネグネ山道を上がっていくと唐突に深い森から吐き出され、美しい山里が見えた。

標高約千メートル。山に白い霧が立ち込め、「飛騨のマチュピチュ」と勝手に名付けたくなる幻想的な雰囲気だ。果樹園や畑のなかに古民家が点在し、マタギは今も健在。最近、地域おこし協力隊員の九州男児も熊撃ちに憧れ、はるばるやってきた。

もうすぐ冬がやって来る。豪雪地帯として知られ、マイナス20度にもなる厳しい冬の楽しみは、寒風に大根をさらす保存食「寒干し大根」づくり。日本昔話のような暮らしがここに残っている。

『大坪酒造店』

『大坪酒造店』

[名称]『大坪酒造店』
[住所]岐阜県飛騨市神岡町朝浦557
[電話]0578-82-0008
[営業時間]9時~17時
[休日]土日
・酒造見学は要予約

写真・文/白石あづさ…大学卒業後、地域紙の記者を経て3年間の世界一周後フリーに。著書に『逃げ続けていたら世界一周していました』(岩波書店)、『中央アジア紀行』(辰巳出版)、『佐々井秀嶺、インドに笑う』(文藝春秋)ほか

※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。

※画像ギャラリーでは、神岡町の画像をご覧いただけます

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『おとなの週末』編集部
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