光と風を操る木の館 美郷館(群馬県・たんげ温泉)
25年ほど前だったか。初めてこの宿を訪れたとき、『木を読む』(小学館)という一冊の本をいただいた。著者は「最後の江戸木挽職人」といわれた故・林以一(はやし いいち)さん。
「木挽き職人」とは、昔ながらの方法で山から木を切り出し、木目を読みながら美しい板を無駄なく挽く、今では貴重となった職人さんのこと。その技術は、時代とともに失われつつあるという。
美郷(みさと)館の建物には、その林さんが挽いた木材がふんだんに使われている。
美郷館の初代は材木屋が本業だった。プロの目利きで「これは」と思う木を見つけると、7年、8年と寝かせ、ちょうどよい頃合いを見計らって木挽きを施し、温泉宿を築き上げたのだという。
なかでも、樹齢300〜500年ともいわれる欅を使った「総欅造り」のロビーは圧巻だ。きらびやかな最新型の高級ホテルといえども、この空間には敵わない。こんなに立派な木材はもう、手に入らないからだ。
そして「木挽き」には時間も要する。林さんは仲間とともにこの宿のために足かけ3年、延べ200日をかけて木を挽いた。「木挽き」という職業があることも、そうして作られた宿があることも、このとき初めて知った。こんなにも木にこだわった宿はなかなかない。
銘木を使った大浴場は心がふんわり、ほどけていく。職人魂を感じながら、木と対話しながらの湯浴みを楽しんでほしい。
【施設データ】
『美郷館』
住所:群馬県吾妻郡中之条町大字上沢渡1521-2
電話:0279-66-2100
料金:1室2名利用時1人2万2150円(消費税・入湯税込)〜
たんげ温泉
四万温泉と沢渡温泉のちょうど中ほど、中之条町から沢渡温泉へ向かい、反下(たんげ)川沿いをのぼった場所に位置する。もともとこの地に温泉はなかったが、たんげ地区の観光振興を目的に鉱泉の掘削が行われ、平成3(1991)年に一軒宿が開業した。泉質はカルシウム-硫酸塩泉で、やわらかな湯ざわりが特徴。
文・写真/野添ちかこ
温泉と宿のライター、旅行作家。「心まであったかくする旅」をテーマに日々奔走中。「NIKKEIプラス1」(日本経済新聞土曜日版)に「湯の心旅」、「旅の手帖」(交通新聞社)に「会いに行きたい温泉宿」を連載中。著書に『旅行ライターになろう!』(青弓社)や『千葉の湯めぐり』(幹書房)。岐阜県中部山岳国立公園活性化プロジェクト顧問、熊野古道女子部理事。























