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なつかしい沿線風景とアオガエル

東急東横線、田園都市線、大井町線、目蒲線と32年間にわたり活躍し続けたアオガエルこと5000形電車。現役当時、見た、乗ったと記憶される方もおられることだろう。愛称からもわかるように、その愛らしいデザインは、多くの人々の眼にとまったに違いない。

東急線のなかでも、とくに田園都市線は昭和の時代まで、緑豊かな沿線風景が残されていた路線でもあった。いっぽうの東横線や大井町線、目蒲線は、住宅地を駆け抜けるといったイメージだった。駅前の商店街から踏切越しに見たアオガエルは、我が街の電車として親しみを感じたものだった。小学校の遠足で「こどもの国(横浜市)」を訪れた際には、アオガエルの臨時電車に乗って行ったものだった。

“アオガエル”が活躍した時代といえば、東横線多摩川園前駅(当時)と田園都市線・大井町線の二子玉川園駅(当時)には、その名のとおり東急系の遊園地があった。多摩川園は「温泉遊園地多摩川園」として開園したのち1979(昭和54)年に、二子玉川園が1985(昭和60)年に惜しまれつつ閉園した。子どもの頃、ウルトラマンショーや怪獣パレードなどを両親に連れられて見に行ったことを今でも思い出す。

東急田園都市線たまプラーザ駅と4両編成時代の5000形電車=1976年頃、横浜市緑区(当時)、写真提供/電鉄急行
目蒲線西小山駅から坂を下り、不動前駅へと向かう5000形電車。中央に写る「かまぼこ型」の屋根をした建物は、品川区立第4日野小学校の体育館=1980年11月16日、撮影/合葉清治
東横線多摩川園前駅(当時の駅名)へと進入する5000形電車。右端に写る建物は、当時あった多摩川園遊園地の一部=1974年8月28日、撮影/豊永泰太郎
かつては地上を走っていた東急目蒲線(→現・目黒線)大岡山駅と5000形電車。駅の後方に写る大きな三角屋根の建物は、東京工業大学の体育館(現存せず)=撮影年次不詳(1980年代)、撮影/菊池孝和
地上線時代の大井町線大岡山駅に進入する二子玉川園(当時)行き5000形電車。左の線路は東急目蒲線(→現・目黒線)。このあたりは駅の地下化により大きく様変わりした=1974年8月28日、撮影/豊永泰太郎
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32年の歴史に幕、さようなら5000形
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工藤直通
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