鉄道の「廃線」を巡る 松戸線(旧・新京成線)の終点は“葛飾柴又”だった!?とある電機メーカーの製品を“自社の電車”に使い続ける理由とは #くずもち#プリン#千葉県#天丼#新京成#蕎麦#鉄道 記事に戻る 昭和時代の新京成線(現・松戸線)をゆく100形電車=1984(昭和59)年12月、上本郷駅~松戸新田駅間(松戸市仲井町)、撮影/菅野秀行三菱電機の車両部品(電気製品)を多用していた新京成電鉄時代に活躍した“タヌキ顔”の8000形車両=2005(平成17)年4月23日、美咲駅~滝不動駅間(船橋市美咲)3度の移転を行った「新津田沼駅」の新旧見取り図=資料/国立公文書館蔵「初代の新津田沼駅」があった辺りを写した現況写真=2025(令和7)年3月21日、習志野市津田沼「2代目の新津田沼駅と藤崎台駅」があった周辺の現況写真。正面の道路が旧新京成線の線路跡(道路の奥側が前原駅方向)=2025(令和7)年3月21日、習志野市津田沼1960(昭和35)年12月からの都営地下鉄との直通運転に備え、レール幅を1435mmに改軌する工事を知らせる当時のチラシ=所蔵筆者(宮野佳久コレクション)「新京成電鉄市川線」の運行計画を示した列車ダイヤ(部分抜粋)=資料/国立公文書館蔵「松戸柴又間線路平面図」。図の着色箇所は、用地取得が困難を極めた場所を示す=資料/国立公文書館蔵アカシア児童遊園内に鎮座する演習線の遺構「橋台と橋脚」=2025(令和7)年3月21日、鎌ヶ谷市東道野辺津田沼1丁目公園に保存される鉄道第二連隊の蒸気機関車「K2型134号」=2025(令和7)年3月21日、習志野市津田沼千葉工業大学の通用門として今も使用される鉄道第二連隊本部兵舎の正門(門柱)=2025(令7)年3月21日、習志野市津田沼通称「お成り街道」(県道69号線)から路地へ入るとすぐに「つだぬまや」さんはあった=2025(令7)年3月21日、船橋市前原西カウンターが7席あるのは、“ひとり蕎麦飲み”には打ってつけだ=写真提供/つだぬまや午前の仕込みで1日の量を打つのではなく、お客さんの入りをみながら打つ“二八蕎麦”は絶品=写真提供/つだぬまや味わいと風味豊かな二八蕎麦「もりそば」=「つだぬまや」にて野菜のうまみが凝縮されたミニ天丼。「もりそば(二八蕎麦)」とのセットで1330円=「つだぬまや」にて4月の“月替わり蕎麦”は「新たけのこ」の天婦羅とのセット=2025(令7)年3月21日、写真提供/つだぬまや蕎麦粉を使った食後のデザートもはずせない。「そばくずもち」、「そばプリン」=つだぬまやメニューより 記事に戻る 4月から松戸線になった“新京成線”、本当の終点は「葛飾柴又」だった 度重なる路線の駅の移転はなぜ起きたのか