戦後復興を支えた国鉄の軌跡 現代に生きる我々へ問いかける記憶と変遷の歴史 #有楽町#東京駅#鉄道 記事に戻る 1950年代の中央線新宿駅での混雑のようす=資料所蔵筆者(当時のパンフレット「混雑から快適へ」日本国有鉄道より)1952(昭和27)年ごろの有楽町駅付近のようす。山手線と京浜線(現・京浜東北線)は現在のような複々線ではなく、複線の線路に山手線と京浜線が上下線の線路上を交互に運転していた。画像中央に見える真新しいホームは、線増工事が進む山手線と京浜線の複々線用ホーム=資料所蔵筆者(当時のパンフレット「混雑から快適へ」日本国有鉄道より)1953(昭和28)年当時の東京駅午前8時55分の列車と電車の動きを示した図。当時は、新幹線や地下ホームはなく、地上にある5つのホームしかなかった=資料所蔵筆者(当時のパンフレット「混雑から快適へ」日本国有鉄道より)1950年代の東海道線有楽町駅付近を走る電車=資料所蔵筆者(当時のパンフレット「混雑から快適へ」日本国有鉄道より) 記事に戻る 戦後復興を支えた国鉄の軌跡 現代に生きる我々へ問いかける記憶と変遷の歴史