「キッコーマン」と聞いて思い浮かべるものといえば、やっぱりしょうゆ。あるいは本みりんや料理酒、ケチャップという人もいるでしょう。そんな日本の食卓でおなじみのキッコーマンですが、実はその名を冠した「総合病院」があることをご存じでしょうか。その名も「キッコーマン総合病院」。なぜ食品メーカーが病院を経営しているのでしょうか? その歴史をたどると、しょうゆの町・千葉県野田市ならではの物語がありました。そして気になる病院食にも、やっぱりキッコーマンらしいこだわりが。キッコーマン総合病院の三上繁院長にもお話を伺いました。
キッコーマンが「総合病院」を経営している!?
スーパーの調味料売り場へ行けば、まず間違いなく目にする「キッコーマン」の文字。しょうゆはもちろん、本みりんや料理酒、つゆ、たれ、ケチャップなど、日頃からお世話になっているという人も多いのではないでしょうか。
そんなキッコーマンですが、意外なところにもその名を冠した施設があります。それが「キッコーマン総合病院」です。
場所は、キッコーマン発祥の地でもある千葉県野田市。キッコーマン株式会社が経営する直営病院で、病床数は133床。内科、消化器内科、循環器内科、外科、整形外科、産婦人科、小児科などの診療科を持つ総合病院です。
企業が経営する病院と聞くと、「キッコーマンの社員やその家族だけが利用する病院なのでは?」と思うかもしれません。しかし、そうではありません。
キッコーマングループの社員だけでなく、地域住民にも広く開かれ、地域医療を担っています。そして同院によると、食品メーカーを経営母体とする企業立病院(※医療法人ではなく株式会社が経営する病院)としては全国唯一なのだそうです。
それにしても、なぜ食品メーカーのキッコーマンが病院を経営しているのか。その答えを探していくと、キッコーマンと野田のしょうゆ造りの歴史へと行き着きます。
原点は1862年、しょうゆ造りに携わる人々のための「養生所」
キッコーマン総合病院の歴史をたどると、その起源とされるのは1862(文久2)年。なんと江戸時代末期までさかのぼります。しょうゆ醸造に携わる人々やその家族の健康を守るために設けられた「養生所」が、その始まりだそう。
現在につながる病院が誕生したのはそれから半世紀ほど後の1914(大正3)年、野田醤油醸造組合によって「野田病院」が開院しました。1917(大正6)年には、キッコーマンの前身である野田醤油株式会社が発足し、翌1918(大正7)年、野田病院は同社の企業立病院となります。そして1973(昭和48)年、「キッコーマン総合病院」へと名称を変更しました。
つまり、その歴史を大づかみに言えば「しょうゆを造る人々とその家族の健康を守るために始まった医療が、やがて地域を支える総合病院へと発展した」ということになります。
では、100年以上を経た現在、食品メーカーであるキッコーマンが病院を経営することには、どのような意味があるのでしょうか。





