活躍中のカメラマン・鵜澤昭彦氏による、美味なるマグロ探訪記。第3回は新宿山吹町にある、小料理屋『ぐり』の「天然生マグロづけ丼」。極上の「マグロ丼」は人と人との不思議な巡り会いで誕生した。
画像ギャラリー「惣菜が一流のホテルの味」これは怪しい!
先日のこと、俺は事務所にほど近い早大通りをひとりでテクテクと歩いていた。
すると最近できたらしい小料理屋(名前は『ぐり』)でお惣菜が売られていた。
店先を覗いてみると……なんか良い感じじゃ〜ん、丁度小腹もすいてきたし、ということで早速「煮穴子」と「ふき、筍の煮物」を買ってみた。
事務所に帰ってまず『サトウのごはん』をレンチンして……チ〜ン!カップ味噌汁にお湯をドバドバ注いで……と。
よっしゃ〜昼飯じゃ〜と惣菜から食べてみると驚いたのなんの! 小料理屋の味というよりは一流ホテルの和食の味、「街場の店」の味とはかけ離れていたのだ。
俺は「どういうこっちゃ」と思いながら首を360度ひねった。
翌日、胸の中に激しく渦巻く疑問を解決するため、『ぐり』に足早に向かうと店の入り口に張り紙がちょこんと貼られていた。
紙の上段に「ランチ マグロづけ丼1000円(税込)」と書いてある。
俺は「よりによってマグロ丼とはしゃらくさい、どーせ適当なマグロの切り身かネギトロと称したネギ多めの赤身のたたきをのせたやつだろうな〜っ」と勝手に思いこみながら張り紙を読み進んだ。
『樋長』より天然の生マグロのみを仕入れています……本当か本当なのか??
驚くべきことに下段には「当店のマグロは豊洲市場の鮪専門の仲卸『樋長』(ひちょう)より天然の生マグロのみを仕入れています」と書いてある。
「書くのは自由だけどさー」。俺はひとり小言をブツブツ言った。
『樋長』さんとは面識がなかったが、確か江戸時代から続く老舗のマグロ仲卸だってことは知っていた。この小さな小料理屋『ぐり』と樋長のマグロとがどーしても繋がらない、俺は丁度店先に出てきた女将らしい女性に思い切って聞いてみた。
「あの〜、樋長のマグロって書いてありますが〜これはいったい………」
すると後まで俺に話しをさせずに、その女性は「会長いますから」とそっけなく言った。
「会長??」会長ってなんだ、まさかなんとか興行の会長ではないよな。
「会長ってどこの会長ですか」。俺が尋ねると「『樋長』の会長ですよ」って。
「は〜っ?」であり「え〜っ」である。
「会長〜! マグロのことで聞きたいことがあるって人が」
小さな店内には3人の男がせわしなく働いていて、ひとりはどうやら今の女性に料理を教えているみたいだ。
すぐに奥のカウンターで何やら作業していた年配の方がこちらに来て……俺の目を見てひと言言い放った。
「うちのマグロに何か文句でもあるのかい、若いの」
「うわ〜っ、」と言って腰が引ける俺。
「全然文句ありませんからね」と心の中で叫ぶのであったが、そんなことはお構いなしに会長と呼ばれた人からは市場関係者特有の強面感満載の凄みのある雰囲気がダラダラと漂い出してきた。
こりゃー大変なことになったのである。
で俺はもうどうにでもなれと、正直に話してみた。
「昨日『煮穴子』を買いましたがとても美味しくいただきました。今日来たらマグロは樋長さんからと書いてあったんでお尋ねしたんですが」
「おう、うちを知ってるのかい」
「はい、よく仕事で豊洲市場に行くもので」。本当は店の前しか通ったことがなかったけど、それは言うまい。
「そうかい、うれしいね、今は店を息子に任しているからあまり豊洲には行かないけど。まあお座んなさい」………お座んなさいである。
あれ、ここは会長さんの店なのかな? と思いながら、
「はい、ありがとうございます。ちょっと質問しても良いですか?」
「まあ、お茶でも飲みなさいよ、斉藤さんお茶ください」
おっ、さっきの女性『斉藤さん』なんだな、覚えておこう。
「で、質問てなんだい」
「はい、このお店は樋長さんが始めたんですか?」
「いや違うよ、この店は斉藤さんのお店」
「はあ、」
「俺たちは今、斉藤さんの手伝いに来ているんだよ」
「へっ、俺たちって?」
「ああっ、厨房のふたりと俺」
「こちらのおふたりは?」
「あぁ、彼は『ウェスティンホテル東京』で和食の料理長をしている岩根さん、で彼が副料理長の天田内(あまたない)さん」
「えぇ〜っ」…………、この小さなカウンターの中の厨房に『ウェスティンホテル東京』和食の一番、二番が……沈黙。
俺にしてみたらイチローと大谷が正面カウンターにいるのと同じである。
限定10食のランチ「づけ丼」
「これは一体何が起きてるんですか?」。俺は心底驚愕して質問した。
で、よくよく聞いてみると斉藤さんと料理長、副料理長は前の職場が一緒で元同僚。そのお店にマグロを下ろしていたのが樋長さんの会長さんだったそう。
出店経験のない斉藤さんが初めてお店を出すからって昨日と今日は特別に料理を教えに来ているんだとか。
な〜んだ、そうならそうと、どこかに書いておいてくれればこんなに驚かなかったのに!……書くわけないか(笑)。
「手持ち無沙汰なんでついでにお惣菜を作ってみたんだ」と岩根料理長。
それでか〜、どうりで惣菜がホテルの味なわけだ!!
待てよ、料理を教えに来ているってことはもうあの煮穴子は食べられないのか?
「あぁ、あの煮穴子、美味しかっただろ。でもあれは今日までで、明日からは斉藤さんのメニューだから」と言ってカラカラと笑った。
俺の失望した顔がよほど面白かったのか、「でも斉藤さんセンスいいからきっとうまく行くよ、このお店」と。
斉藤さん奥でクスリと笑ってる、笑っている場合なのか斉藤さん。
「ど〜してもあれが食べたかったら、ホテルにおいでよ作るからさぁ」と料理長。
「ありがとうございます」。とりあえず言ってみたが、ごめんなさい流石に行きませんよ、わざわざ一品だけウェスティンホテルの料理長に作らせたら大変……ブルブルである。
「ところで会長は、どうしてここに?」
「俺は人助けだよ、人助け」と会長。
俺は小さな声で「会長、斉藤さんにほの字なんですね」と言ってみた。
会長は「何を寝ぼけたことを言ってるんでい、俺は女ひとりでこの店を開いた斉藤さんの心意気に惚れたんだよ」と。
お〜っ。カッコいい! さすが豊洲の男。
「よ〜っ!色男」と俺。
『ボカッ』いてぇ、会長〜っ。口より手が先に出るんだから。
「そんなわけで、この店のマグロはうちから出しているから心配するな。ただし斉藤さん、ランチは限定10食と言ってるぞ」
「えぇ〜、なんで限定10食なんですか、まさか斉藤さん、会長がほんのちょっとしかマグロをだしてくれないんですか?」
またしても『ボカッ』である。あいた〜っ。
「そんなことするわけないだろ〜」と会長。
「いや冗談ですって」
「だって〜そんなにがんばったら疲れちゃうでしょ」と笑う斉藤さん。
いやいやそこは違うだろう、でもみんな笑ってるしまぁいいか。
はいはい、そうと聞いたら、急いで注文しないと。
「づけ丼ください大盛りで2個」
俺は斉藤さんに大声で言った。
さーてと、俺の昼飯は始まったばかりだ。
豊洲仲卸『樋長』より仕入れる天然生マグロをやさしい煮切りで軽く漬け込んだづけ丼。溶け出す中トロの脂と煮切りのやさしさ、赤身の酸味が膨潤な口当たりを醸し出す。
この日はオーストラリアから空輸で届いた天然生インドまぐろを使っている。
※ランチは「づけ丼」のみ、季節によってマグロの種類、部位も変わる
↑動画でも「づけ丼」をチェック!
■小料理屋 ぐり
[住所]東京都新宿区山吹町334 サトービル1階
[電話]非公開
[メール] guri6187@gmail.com
[営業時間] 12時〜14時(13時45分LO)、18時〜23時(22時00分LO)
[定休日]日・月・祝
[席数]全8席
[カード]不可
[テイクアウト]あり
撮影・取材/鵜澤昭彦
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。
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