「何でハラボーなの?」 尋ねるぼくに「白い小石」をひとつ
何でハラボーなの?とぼくは桑田佳祐に尋ねた。このインタビュー以前に原由子と会った時、彼女は結婚の気配を見せていなかった。アマチュア・ミュージシャン時代、メンバーに酒がはいると、例えば裸踊りをされて、たったひとりの女性メンバーとしては、微笑ましくも居心地が悪かったと言っていた。
何でハラボーなのかと答える代わりに、桑田佳祐は、ひょいとかがんで敷き詰められていた白い小石をひとつ、拾ってぼくに渡してくれた。
答えが白い小石とは謎かけなのか、ぼくはキョトンとして、その小石をつまんだ。その表情を見て、桑田佳祐は、“でしょう!”と言った。
“ほとんどの女性は、俺がこうやって何でもない小石を拾って渡しても、キョトンとするだけだと思うんです。でもハラボーは違うんです。俺がこうやって小石を渡す。すると彼女は、桑田さんがくれたものなら、何か絶対に意味がある。そう思って、小石を大切に持ってくれる人なんですね。世の中に多くの女性がいても、小石を大切に持っていてくれるのはハラボーだけなんです”と説明してくれた。
ただただ原由子の優しさ、人間性に惚れていたのだ
ぼくは感動して鳥肌が立った。世の中には、様々な男と女の関係がある。その頃には、三高、高学歴、高収入、高身長といった女性から男性を選ぶ視点もあった。けれども、桑田佳祐は、ただただ原由子の優しさ、人間性に惚れていたのだ。
音楽ライターとして署名原稿を書かせていただく前、ぼくは講談社の「ヤングレディ」という女性週刊誌で、本文のデータとなる原稿を書いていた。様々な有名人、芸能人の恋愛、結婚、別離などを取材して来た。けれども桑田佳祐のような純な心に出逢うのは稀だった。
愛をも超えたところで、桑田佳祐と原由子はつながっている。きっとふたりは一生、添い遂げると確信できた。そして、このふたりがいる以上、サザンオールスターズも例え、形を変えたとしても、彼らがステージに立てる間は続くだろうとも確信した。桑田佳祐の優しさが愛となって、サザンオールスターズの楽曲になっているのだと信じられた。
あれから約40年。ふたりは、おしどり夫婦と呼ばれている。人は時々、未来の明るさを見せてくれるものなのだ。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo」で、貴重なアナログ・レコードをLINNの約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。