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『おとなの週末Web』では、グルメ情報をはじめ、旅や文化など週末や休日をより楽しんでいただけるようなコンテンツも発信しています。国内外のアーティスト2000人以上にインタビューした音楽評論家の岩田由記夫さんが、とっておきの秘話を交えて、昭和・平成・令和の「音楽の達人たち」の実像に迫ります。国民的バンドとなったサザンオールスターズ、桑田佳祐の第3回です。

何となく男と女の話になって、女性観の話をしていた時……

あれは1981年末か1982年初頭だったと記憶する。東京は渋谷、道玄坂。白い小石が敷かれたガラス張りの喫茶店。ぼくと桑田佳祐は向かい合って、コーヒーを飲んでいた

まだバブル前。一億総中流と思い込んでいた時代だった。現在のように結婚しない若者はまだ少なかった。ある年齢になると男も女も結婚するのが当たり前、そんな空気感が辛うじて保たれていた。

デビュー曲、「勝手にシンドバッド」が大ヒット。次々とヒットを放つサザンオールスターズ、桑田佳祐は、すでにスーパースターとなっていた。サザンオールスターズと言えば、夏、海、湘南というイメージも確立されていた。

コーヒーを一口、二口飲んで、話は彼がアマチュア時代にカヴァーしていた、クリームやディープ・パープルなどの話で盛り上がっていた。

やがて何となく男と女の話になった。女性観の話をしていた時だった。桑田佳祐が突然、“俺、結婚しようと思うんですよ”と言った。誰と結婚するのか、ぼくは尋ねた。

“ハラボーというか、原由子さんとです”と彼は答えた。へぇ~とぼくは思った。それが第一印象だった。サザンオールスターズの桑田佳祐と言えば、当時はモテモテ男。どんなスーパーモデルや女優さんでも彼と結婚したいという女性は多かったはずだ。

それが青山学院大学の一年後輩、サザンオールスターズの結成時から一緒だった原由子が相手とは驚いた。

左から『熱い胸さわぎ』(1978年)『タイニイ・バブルス』(1980年)『NUDE MAN』(1982年)『人気者で行こう』(1984年)『10ナンバーズ・からっと』(1979年)『Young Love』(1996年)『綺麗』(1983年)
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「何でハラボーなの?」 尋ねるぼくに「白い小石」をひとつ...
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岩田由記夫
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