「ウイスキーが、お好きでしょ」の杉真理はゲームの達人
山下達郎も「ドラゴンクエスト」にはまったひとりだ。彼にスタジオなどで偶然に出逢うと、ゲームをクリアするのに何十時間かかったとか、お互いに聞き合ったものだ。山下達郎のクリア時間は、かなり短く、相当ゲームにはまっていることが伝わって来た。マイコン時代が来る前の話だ。
その頃の音楽シーンにはゲームの達人がひとり居た。山下達郎と同じシンガー・ソングライターの杉真理(まさみち)だ。山下達郎夫人の竹内まりやの慶應大学の先輩で、彼女の音楽シーンへの導者だった。彼女が2010年にヒットさせた「ウイスキーが、お好きでしょ」の作曲者でもある。
山下達郎は大瀧詠一が主宰したナイアガラ・トライアングルの第1期のメンバーだった。第2期ナイアガラ・トライアングルのメンバーは杉真理である。ちなみに第1期ナイアガラ・トライアングルの山下達郎以外のメンバーは伊藤銀次で、第2期は、佐野元春だ。いすゞ117クーペを愛車としていた杉真理は、山下達郎の良き友人でもある。
「もしもし、杉くん、今どこ?」「渋公で開演直前なんです」
ある日、杉真理と逢った時、ゲームの話から「ドラゴンクエスト」の話になった。その話から山下達郎の話になった。「ドラゴンクエスト」に熱中していた山下達郎は、あるダンジョン(迷路のような閉ざされたステージ)にはまり込んで、どうにも主人公を脱出させられなくなった。そこで、ゲームの達人杉真理に電話をしたのだ。
その時、杉真理は、渋谷公会堂でコンサートをまさにスタートさせようとしていた。そこへスタッフが山下達郎から緊急の電話が入ったと伝えられる。まだ携帯電話が登場する前の話だ。緊急の電話が今よりも重要視されていた時代だった。
“もしもし、山下ですけど、杉くん、今どこ?”と山下達郎。
“渋公で、開演直前なんですけど…”
“あっ、そう。ごめんね。実は俺、今××××のダンジョンにいるんだけど、どうしても抜け出せなくて…”
優しく人のいい杉真理は、ダンジョンからの脱出方法を教えた。教え終わったのは本番を告げる2ベルの後だったという。
山下達郎というと流行に左右されない人というイメージをお持ちの方もいるだろう。だが、そんなことは無い。若き日の彼は、トレンドに実に敏感だった。但し、トレンドに流されることなく、自分に合ったもの、本当に好きになれそうなものだけを取り入れていた。
「ドラゴンクエスト」がトレンドだからやっておこうでなく、本当に彼にとって良き余暇、息抜きだったのだろう。ゲームに夢中になる山下達郎。そこに少年のような純粋さがうかがえる。
岩田由記夫
1950年、東京生まれ。音楽評論家、オーディオライター、プロデューサー。70年代半ばから講談社の雑誌などで活躍。長く、オーディオ・音楽誌を中心に執筆活動を続け、取材した国内外のアーティストは2000人以上。マドンナ、スティング、キース・リチャーズ、リンゴ・スター、ロバート・プラント、大滝詠一、忌野清志郎、桑田佳祐、山下達郎、竹内まりや、細野晴臣……と、音楽史に名を刻む多くのレジェンドたちと会ってきた。FMラジオの構成や選曲も手掛け、パーソナリティーも担当。プロデューサーとして携わったレコードやCDも数多い。著書に『ぼくが出会った素晴らしきミュージシャンたち』など。 電子書籍『ROCK絶対名曲秘話』を刊行中。東京・大岡山のライブハウス「Goodstock Tokyo(グッドストックトーキョー)」で、貴重なアナログ・レコードをLINN(リン)の約350万円のプレーヤーなどハイエンドのオーディオシステムで聴く『レコードの達人』を偶数月に開催中。
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