「芸人前田」の顔は、注意深く出そう
以前、映像コンテンツで50メートル走のタイムを計るという企画があった。
元から、そこまで速くはなかったけれど、高校時代の50メートルのタイムを聞かれたので、6秒2です、と答えたのち、その数字から衰えてるか、実際に走って計測することになったのだ。
一生懸命走ったので正直しんどかった。
なんで大人になってまで全力で走らないといけないんだよ、とは愚痴をこぼさない。私は大人なのだ。
ただ、高校卒業ぶりに全力で走ったということもあって、自分でも衰えたなあと重くなった脚を実感しながら、それでも全速力で走った結果、7秒を計測した。
なんだか遅くなってしまったなあ、でも、まあそりゃそうだろう、と自分の中で思い、「いやあ、だいぶ遅くなったなあ」なんて口にしたら、「いや、ほんと速いですよ、凄いです!なんなら速くなりました!」なんてスタッフさんが言ってきたもんだから、「凄くねぇわ!」と反射で言ってしまった。
息が上がっていたら無意識に芸人の前田がムクッと土から顔を出してしまったのだ。その後、そのスタッフさんを見たら、なんだか申し訳なさそうな顔をしていて、ふと我に返る。
きっとこの人は、遅くなったなあ、と口にしていた私が落ち込んでいたように思って、励ましたつもりで言ってくれたのだろう。
それを、強めの言葉で、なんて酷い返しをしてしまったのだろうか。
周囲は笑ってくれたものの、驚きと申し訳なさを顔に滲ませたスタッフさんを見て、いかに自分の言葉が鋭利なものになり得るかを感じた。
お前は出てくるんじゃない、と土から顔を出した芸人の前田を地面にねじ込み顔を沈めさせる。
ズブズブと音を立てて芸人前田は地から姿を消すが、一度顔を出して声を上げてしまっては、もう遅い。
あんな返し、本来の私の人付き合いのスタンスでは言う訳ないのに、お笑い芸人、という肩書きを背負った瞬間に、そんな一言が出てしまうのも問題だ。
というより、ツッコミって、人としてどうなんだろう、とか、そんなこと言わなくてもいいのではないか、と思うようなことも言わなければならない時がある。
カメラが回っていて、仕事として言わなければならない時は、心を鬼にして、コメントしたりツッコんだりするけれど、プライベートでは、なるべく芸人が顔を出さないようにして、今まで通り、一線を引いた人付き合いができるよう心がけようと思う。
しっかりと地面を踏み固めて、必要な時以外は、芸人前田が土から顔を出さないように気を張っていないといけない。
前田裕太(まえだ ゆうた)
1992年8月25日生まれ、神奈川県出身。愛媛県の名門、済美高校野球部の同期である高岸宏行とのお笑いコンビ「ティモンディ」のツッコミ担当。趣味はサッカー観戦、読書。テレビ番組で披露した絵の実力も話題になるなどマルチな活動で注目を浴びている。コンビの野球経験をいかしたYouTubeチャンネル『ティモンディチャンネル』は登録者数25万人超え。