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驚異の90分間ワンシーン・ワンカット その場にいるような没入感

本作には、演出面で大きな特徴があります。約90分間の本編の間、ワンシーン・ワンカットで撮影されている点です。つまり、カメラを途中で止めない“ノーカット”で、スピーディーに物語が展開していきます。

過去のワンシーン・ワンカットの作品で、最も有名なのは、巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』(1948年)でしょう。殺人が起きた後のアパートの一室で繰り広げられる心理ドラマの名作です。フィルム1巻の長さは決まっているため10分程度でカメラは、部屋の物陰や人物の背中など暗い部分に移動。シーンのつなぎ目が分からないようにして撮影されました。結果、まるでカットを割らずに撮ったように見えるわけです。

デジタル機材となった現在では、ずっとカメラを回し続けることは可能ですが、場面の変化や俳優が演技し続ける負担などを考えますと、長編作品で全編ワンシーン・ワンカットは今でも難しい課題です。

レストランの店内の様子。映画『ボイリング・ポイント|沸騰』(C)MMXX Ascendant Films Limited

しかし、本作は、そんな“疑似ワンショット”ではなく、正真正銘の“一発撮り”で、完全なノー編集。しかも、CGも使っていません。実現のためには、入念な撮影の準備と俳優の優れた演技力が必要でした。

撮影監督のマシュー・ルイスによると、「カメラの本体とバッテリーを背負って撮影した。撮影前に補助機材を着用してレストラン内を歩き回り、カウンターにぶつからないように、前もって調整を行った」といいます。

役者が一度でも失敗すれば、最初からやり直しです。アリステア役のジェイソン・フレミングは次のように話しています。「普通だとNGが出たら取り直すだけ、でも本作は自分の出番以前のシーンも台なしになる。そんな緊張感が俳優からいい演技を引き出した」

たしかに、その緊張感は、スクリーンの向こうにいる観客席にも伝わってきます。アンディ役のスティーヴン・グレアム(『アイリッシュマン』など)、女性副料理長カーリー役のヴィネット・ロビンソン(『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』など)ら俳優陣の情熱的な演技と、ディナータイムで多くの客を迎え入れて次々に料理を提供していく“戦場”さながらの店内の緊迫した空気感が重なり、観る者を作品世界に引き込みます。何よりも、ワンシーン・ワンカット撮影の効果で、実際に観客自身もその場にいるような没入感を体験できます。

副料理長のカーリー(左)。映画『ボイリング・ポイント|沸騰』(C)MMXX Ascendant Films Limited

舞台はほぼレストランの中という単調な場面設定なのに、まるでアクション作品を観ているような躍動感とスリリングな心理描写で、ラストまで一時も目が離せません。重厚でありながら、リズミカル。そして極上のエンターテインメント作品です。

文/堀晃和

『ボイリング・ポイント|沸騰』の情報 2022年7月15日から公開

7月15日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開

2022年 英国アカデミー賞4部門ノミネート
(英国作品賞、主演男優賞、キャスティング賞、新人賞)
2021年 英国インディペンデント映画賞11 部門ノミネート、4 部門受賞(助演女優賞、ベストキャスティング賞、撮影賞、録音賞)

『ボイリング・ポイント|沸騰』
製作・監督・脚本:フィリップ・バランティーニ 
出演:スティーヴン・グレアム『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』『アイリッシュマン』、ヴィネット・ロビンソン「SHERLOCK/シャーロック」、レイ・パンサキ『コレット』、ジェイソン・フレミング『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、タズ・スカイラー「ONE PIECE」
原題:BOILING POINT/2021年/イギリス/英語/95分/配給:セテラ・インターナショナル/PG12

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おとなの週末Web編集部 堀
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