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盛岡には、日本酒好きなら一度は行ってみたいと思うであろう憧れの酒蔵がある。菊の司酒造だ。酒蔵の前には、盛岡の角打ちの聖地『平興商店』があり、連日早い時間から酒好きが集い、酒屋の一角でコップ片手に菊の司酒造のお酒を飲んでいる。

その菊の司酒造が雫石に移転した。密かに少しショックな気持ちを抱きつつ、初めて菊の司酒造を訪れた。

なんて、ツウぶってしまったが、私は菊の司酒造のお酒を飲んだことがない。全国各地のお酒を少なからず飲んできたのに、不思議なことに菊の司酒造のお酒は飲んだことがない。なぜだろう?

案内してくれた菊の司酒造の山田貴和子さんの話を聞いて納得した。

「菊の司のお酒はほとんどが地元で消費されているんです。なので、ほかの地域では出会う機会が少ないかもしれません」

地元の人が地元のお酒を飲んでいるというのは、自然体でステキだ。いや、ちょっとズルイなぁ。そんなことを思いながら、雪景色を眺めつつ、雫石の新工場に到着した。

新しい雫石工場にはショップも併設。近くには雫石スキー場やゴルフ場、小岩井農場があり、晴れていれば岩手山を望める

「農家さんと一緒に酒米を育てています」

菊の司酒造は250年という歴史ある酒造だ。盛岡駅からほど近い紺屋町で、昔ながらの寒造りを続けてきたが、コロナ禍の経営不振から2021年に事業譲渡。2022年には雫石に移転し、年間を通して酒づくりができる工場を新設した。

「雫石町は米づくりが盛ん。岩手山の伏流水も豊富。こうした雫石の環境も移転先の決め手となりました。工場の後ろに田んぼを借りて、地元の農家さんと一緒に酒米を育てています。契約農家さんの情熱がスゴく! 私たちも刺激を受けています」

右から4人目が取締役の山田貴和子さん。日本酒のことを学ぶため、蔵人として仕込みをするだけでなく、実際に田んぼに通い、米づくりにも取り組む

工場内の作業は、一見オートマチックに見えるが、手作業も欠かせない。蒸す前のお米の浸水時間は、吸水状態を見ながらストップウォッチで時間を管理。0.1%単位で吸水率を微調整する。米を蒸す作業は、米の状態に合わせて微調整をする。酒造りでは一般的とされる活性炭素による酒質のコントロールも一切せず、原酒の美味しさを生かすため、もろみの発酵具合を細やかに管理する。

一方、搾りの後はオートメーションでスピーディーに瓶詰め。空気に触れることなく搾りたての美味しさを維持する。

地元の木材を使った麹室。温度、湿度、米の重量などを機械で正確に確認しながら、手作業で麹の世話をする
搾った酒はパイプを通ってそのまま瓶の中へ。搾りたてを閉じ込める

杜氏の西館誠之さんは、新工場での酒づくりについて、こう話してくれた。

「新工場になり、考えることが増えましたね。酒は生きものだから。完成するたびに振り返って、次にどう生かすかを考える。その繰り返しです。新工場で一年を通して酒を造れるようになったから、挑戦するチャンスが増えて楽しいです」

ピカピカの工場を前にしたとき、なんとなく味気ないと思ってしまったことを反省。美味しいお酒をつくるのは、機械ではなく人なのだ。

終始落ち着いてお話ししてくれた山田さんからも、秘めたる情熱がこぼれ出す。

「搾りたて無濾過の原酒は格別です! 本来は蔵人だけが味わえるものですが、その美味しさを地元だけではなく、日本中、そして海外でも味わっていただきたい。その思いで作ったのが『innocent』です」

『innocent 40』は原料米に「結の香」、『innocent 50』と『innocent 60』は原料米に「吟ぎんが」という岩手県を代表するの酒造好適米を使用。香り高い岩手県酵母の「ジョバンニの調べ」とキレを生む酵母「K901」をブレンドし、心地よいバランスを目指した。完成したお酒は、マイナス5℃で管理、流通する。新しい設備のおかげで、味と品質を維持したまま海外への展開も広がりつつある。

『innocent』シリーズは、精米歩合40%、50%、60%がある。冷酒で飲み始め、常温に戻しながらいただくと、引き締まった味と香りが、少しずつふくよかにほぐれていく

『innocent』シリーズに黒色のビンを採用したのは、ワインボトルのようなオシャレなデザインにするためではなく、光による品質低下を防ぐため。ラベルをなくしてビンに直接印字しているのは、ラベルの剥がれを防ぐため。美味しいお酒を多くの人に届けたいという思いがどんどん膨らんでいるのが伝わってくる。

岩手県最古の酒造は、一見大きく様変わりしたが、250年もの間、岩手の地に張り続けてきた根っこは変わらない。造るお酒は、経験、試行錯誤、チャレンジの賜物だし、完成するお酒は自然体のまま。これまでと同じように地元でも親しまれ続けている。

日本酒が好きな方なら「飲んでみたい!」となっているはず。すぐに岩手に飛んでいけないなら、通販で取り寄せて飲むのもいいし、取り扱いのある酒屋を見つけて、家飲みで楽しむのもいい。でも、それだけで終わらないのがお酒の面白いところ。その1杯に惹かれたら、それが誘い水になり、他のお酒も飲んでみたくなる、お酒が生まれた土地に行ってみたくなる、その土地の空気の中で味わってみたくなる。お酒には、たしかにそんな引力がある。

さてさて、もう、引力には逆らえません。盛岡の町で地元食材を使った料理と菊の司酒造のお酒をいただきに行きましょう!

後編に続く…!

「菊の司酒造では、今、雫石工場併設のショップ限定の250周年記念限定酒もあります」なんて聞いたら、飲みたい!行きたい! 旅欲もムクムクと膨らむ!

菊の司酒造
https://www.kikunotsukasa.jp/

オフィシャルショップ

〒020-0585 岩手県岩手郡雫石町長山狼沢11-1
TEL:019-693-3330
営業時間:10:00~17:00
駐車場:あり

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藤岡操
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