下北半島突端の大間でマグロ漁船に乗るはずが、道を外れて恐山温泉へ 温泉道よ永遠なれ

大間でマグロ漁船に乗るはずが下北半島へ さらに道を外れて恐山温泉へ 温泉道よ永遠なれ

大間でマグロ漁船に乗るはずが下北半島へ さらに道を外れて恐山温泉へ 温泉道よ永遠なれ

本誌で料理写真を撮影しているカメラマン・鵜澤昭彦氏による温泉コラム。しかし今回はちょっといつもと違う感じです。大間のマグロの話からはじまるものの、いつの間にやら下北温泉へと話題がズレていき、最終的には……というお話です。

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マグロ漁船乗船許可がおりて歓喜の中、珍客が……

ある朝のこと、待ちに待った連絡が、青森県大間から届いた。

大間漁港にこの人ありと言われる、マグロ漁師の米澤秀さんから、マグロ漁船乗船許可が出た

「ウオォ〜! ヤッタゾ〜」

常日頃からマグロの自主トレを地道に行っている俺には、いくつかの目標がある、その中でも大間の鮪漁船に乗ることは、大きな目標のひとつだったのだ。

「超〜超〜チョ〜、うれしい〜!!!!」

俺が事務所で小躍りしてからの盆踊りを今まさに行おうとしていた時、突然バタンとドアを開ける音がした。 嫌な予感しかしない俺は、ゆっくりゆっくり振り向くと、俺の背後を取るようにあの男、噺家の「風ちゃん」が立っていた
※今回も旅に同行する俺の相方は30年来の腐れ縁(失礼)、落語家の「柳家獅堂」師匠だ。師匠のことは昔からの呼び名で「風ちゃん」と呼ばしてもらうことにする

「あんたはゴルゴ13か?」。俺は「風ちゃん」の顔を見て言った。

「風ちゃん」は俺をみるなり心の底を覗き込むようにひとこと言った。

「おや、親方何をはしゃいでいるんですかい?」

「いや、なんでもないよ……全く何でもない!! 気にするな、本当に気にするな」

「………. 無言」

「親方〜、ちょっと待ってつかあさいよ。親方とあっしの腐れた縁じゃぁございやせんか!」

「腐れた縁、本日精算しま〜す」

「またまたぁ、早くおせーてくださいよーん」

「いや、本当になんでもないよ」

「嘘をつくと閻魔様に舌をぬかれますよ」

「……………..」

「さぁ、白状しなされ」

「……しょうがないなぁ、でも師匠には何の関係もない話しだからね。実はさ、いまさっき青森県大間の漁師さんから鮪漁船の乗船許可が出たんだよ」

「風ちゃん」は目をきらりと光らせてこう言った 。「ほうっ、それはよかったですね、いや全くもって本当によかったです。前回の不老不死温泉はまこと、素晴らしい温泉でありました。今回の下北半島の温泉も期待できますよね!

「おいっ、おーい! お待ちなさいって!!! 今回は温泉取材じゃないんだよ、大間漁港でマグロの自主トレに……」

「わかってますよ〜。せつはマグロ取材の邪魔はけして致しません。温泉に伺えれば

「いや、だから」

「へい?」

「話してもわからんやつだな!」

「へい、わからんやつです。大間に行く途中の温泉で降ろしてもらって、帰りに拾っていただければ、満足です

「………はあ、さようですか。やけに要求が具体的だけど!」

俺は、諦め顔で渋々返事をした。「しょうがないな〜、じゃあ出発は明日の24時だからね」。

そんなわけでとりあえず下北半島にある下風呂温泉まで「風ちゃん」を乗せて、約800kmの道のりを愛車のホンダステップワゴン「スパーダ」でぶっ飛ばすことになった。

まあ普通、目的地の大間まで車で行くとなると、ものすごく時間がかかるけど、落語家と同乗しているのだから、さぞ楽しかろうと素人は思うかもしれない。しかし楽しいことなんてこれっぽっちもないのである

行きはものすごい土砂降りが200km近くも続いて、「風ちゃん」俺に「親方、これは大変な雨が降ってきましたね。運転気をつけてくだぁさいよ! 注意が散漫になると事故につながるかもしれゃせんから拙は黙っときますよ」などと、すっとぼけたことを平気で言いだすし、「そんなこと言わずに何か面白いこと話してくれよ〜! 眠くなっちゃうよ」と言うと、彼は「沈黙は金、雄弁は銀、あっしは金が好きです」などと言う始末。

そしていつものように、驚き、あきれ、嘆く俺を尻目にすやすやと惰眠を貪る行為に走るのだった。

そうこうしているうちに、夜が明けてきた。

下北半島へ到着が……風ちゃんからまさかのお願い

天気に恵まれた

愛車は青森県八戸の先、下田百石ICでようやく高速を降りた。あとは下道で三沢を通り越して、いよいよ下北半島だ

その時「風ちゃん」が突然喋り始めた。

「親方〜ん、実はお願いがあるんでやんすよ〜ぉ」

「おいおい、いつ起きたんだい??」

「さっきから起きてやすよ」

「えっ、本当に。『風ちゃん』目を開けながら眠るから、起きてるんだか寝てるんだか、わからなかったよ」

「さすがカメラマンよく観察していますね、この技は大師匠のところで⻑い話を聞くときの秘伝中の秘伝の技でやんすからね。あまり人には、話さないようにしてつかわさいよ」

「いやいや、そんなことではなくて、う〜む」

「何を御託を並べているんだい、ズバッと言ってみなよズバッと」

「ズバッとね〜ぇ、ズバッとね〜ぇ」

「うるさいやつだね、こう見えても、こっちは江戸っ子なんだよ! ズバッときなって」

「それじゃ言わせてもらいますけど、ちょいと寄り道をお願いできないでやんすか?

「えっ、トイレ?」

「いえ、恐山でやんす」

「……………。何だ〜ぁ、恐山だと〜、驚いたね〜! 久しぶりにマジマジくん驚いたね〜。いやぁ、恐れ入りました。するっていと何かい、これから日本三代霊山のひとつである恐山菩提寺にお参りしにいこうってのかい。突然すぎて心の準備ができないよ! 困ったね〜。恐山、聞いただけでも怖いイメージがするね〜」

「親方、霊場(れいじょう)てえのは、神仏の霊験あらたかな神聖な場所の意味でありんす。清い心で邪なことを考えなければご利益があるかもしれませんよ」

「どの口が言うのか???? こう言っちゃ何だが噺家って言ってるけどさぁ〜、ほとんど詐欺師の一歩前みたいな『風ちゃん』とよ、食い意地が張っていて死後はきっと飢餓地獄に行くにちがいないカメラマンの『俺が』だよ、最も近づいちゃいけない場所なんじゃないのかい恐山って?

しかも、あなたのそのかっこを見てみなよ、上から下まで真っ赤なブレザー!! そんなのありかいな」

「親方……」

「風ちゃん」は詐欺師の見本みたいな真摯な顔つきで俺に言った。

「親方、人間は見かけじゃありませんよ」

「むっ……….確かに」

「負けたよ。負けましたよ、その通りだよ。人間みかけじゃないよな、特に俺たちはな! そんじゃ行こや! 恐山に。その代わり途中で、ぜって〜邪なこと考えんなよな」と俺は言い放ち、恐山菩提寺の方向に車の向きを変えたのだった。

取材・写真/鵜澤昭彦

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