我が子のように愛する、自身で醸した酒を、杜氏たちは一体どのように、何を肴に呑んでいるのだろう。今回は、“酸”にこだわる杜氏の晩酌にお邪魔してきました。
栃木県『(株)せんきん』
【薄井真人氏】
1984年、栃木県生まれ。高校時代に家業の酒造りの手伝いを始め、経営学専攻の大学時代に東京の醸造研究所に通う。山梨県「笹一酒造」での修業を経て、2008年から「せんきん」の蔵人に。2018年に杜氏に就任。
ワイングラスで香りと共に味わう
「香りもしっかり楽しみたいから、できるだけワイングラスで酌む」と、杜氏は言った。「仙禽」を醸す蔵、せんきんの杜氏・薄井真人さんだ。晩酌は365日、一杯目から日本酒を飲(や)り、ワインやウイスキーに移ることもあるという。職場の蔵で唎酒するのと、自宅でリラックスして飲むのとでは、同じ酒でも味わいは異なる。だから毎日、自社製品の晩酌を欠かさない。お気に入りは「クラシック」シリーズ。10℃ほどに冷やし、清涼感と共に楽しむことが多いと話す。
「代々別の銘柄を造っていましたが、蔵元がソムリエでもある兄に代替わりして生み出されたのが、社名を冠した『仙禽』。斬新な“甘酸っぱい日本酒”として脚光を浴びました。一方、『酒として旨いが、洋食にしか合わない』との声も聞かれました。そこで和食のダシに合うタイプの研究を進め、開発したのがクラシックシリーズ。繊細な刺身やダシの風味にも寄り添ってくれて、ワインのような味の奥行きと香りがあるから、チーズなどの乳製品にもよく合うんです」と、静かにグラスを傾ける。その晩、食卓には、ヤシオマスを軽く燻煙した刺身と、クリームリーズやカマンベールチーズを使ったカナッペが並んだ。
ヤシオマスは栃木県特産の淡水魚。海なし県でも新鮮で旨い刺身が食べられるようになったと、近年、地元で人気急上昇中の魚だ。「ヤシオマスはきめ細かく粘度のあるテクスチャーなので、噛むほどに旨みが染み出す。クラシックのような味の骨格がくっきりしている酒と合わせると、味がぐっと増幅します。酸が脂を切ってくれるから余韻も心地いいですね」
せんきんの酒造りは、冷暖房も使わず、自然の力を利用した昔ながらの生酛造りを守る。そのため生酛特有の乳酸菌から生まれる香りや旨み成分が多く、やはりアミノ酸の塊とも言えるチーズとの相性は格別だ。「料理と酒との相性は、どれだけ接点を持てるか。甘み・塩味・苦味・旨み・酸味の五味のうち、日本酒が甘み以外に持つ料理との接点が酸味です。食中酒としていつも楽しんでもらえる、豊かな酸を持つ酒をブレずに造っていきます」
『(株)せんきん』 @栃木県
1806年創業。仕込み水と同じ水脈上に作付けした米にこだわり、酸味と甘みが特徴的な「仙禽」を醸す。「クラシック」「モダン」をはじめ、古代米を磨かずに蔵付き酵母と木桶で醸造する「ナチュール」などシリーズは多彩。「クラシック 無垢」は60%精米山田錦の無濾過原酒。11代目の現蔵元は真人氏の兄・一樹氏
【クラシック仙禽 無垢】
撮影/松村隆史、取材/渡辺高
※2022年11月号発売時点の情報です。
※全国での新型コロナウイルスの感染拡大等により、営業時間やメニュー等に変更が生じる可能性があるため、訪問の際は、事前に各お店に最新情報をご確認くださいますようお願いいたします。また、各自治体の情報をご参照の上、充分な感染症対策を実施し、適切なご利用をお願いいたします。
※写真や情報は当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。必ず事前にご確認の上ご利用ください。