旅で巡り会った酒場は格別に楽しい。「どっから来たの?」「これ旨いから食べてみな」なんて、おなじみさんとの会話がまたうれしくて。けれど、この3年間、旅先で吞むことがとても難しかった。「東京からの人はお断り、と言われた」としょげる吞み仲間もいた。大好きで、また訪れたいと思っていた店にやっと行って、拒否されたら……せつない。こわい。そんな日々も終わり、やっと自由な日常が戻った。時間をかけても、飛行機に乗っても、また行きたい。あの酒場で、旅吞みしよう。
画像ギャラリー夕景から夜へ、海と空の青を愉しむ
石垣の海に陽が沈む頃、そのバーは現れる。
カウンターには酒瓶がずらり、前に立つのは白いシャツに蝶ネクタイをきりっと締めた、オーナーのシカちゃん。バーカウンターは軽トラの荷台、テーブルとイスは折りたたみ式だ。むちゃくちゃ気持ちのよいバーなのだ。席には、屋根も壁もない。目の前は海、頭の上は空、足元には……蚊取り線香。
メニューもチャージもなく、ほとんどがワンコイン、500円。カクテルは、リクエストに合わせて作ってくれる。1杯目。ここは沖縄、まずはオリオンでしょ!
シカちゃんはにこやかに、氷の中からオリオンビール中瓶を取り出す。南国らしく月桃の葉で編んだホルダーにすぽっと入れられ、オリオン登場。瓶のままぐいっ。ぷはーっ。氷で冷やされた瓶ビールって、冷蔵庫で冷やした瓶ビールより、絶対おいしい。理屈はわからない、けど、おいしいのだ。
前を通りかかった男の人が、こちらを珍しそうに眺めてる。席はほぼ埋まっていたが、テーブルとイスの予備は多めにあって、増殖OKらしい。
「どうぞどうぞ、席ありますよ」
シカちゃんではなく、常連客らしいマダムが声をかけて、その人は客となった。沖縄本島から仕事で来たという。「八重山の泡盛が吞みたい」と言って、ロックで、おいしそうに呑む。
「いやあ、こんなバーがあるんですね」とにっこり。
明るかった空は次第に暮れていき、ブルーがどんどん濃くなっていく。
「空飛ぶバーテンダー」の新たな旅立ち
2杯目は、八重山産パイナップルとサトウキビを一緒に発酵させた「ヤエヤマ ピーチパイン」のカクテルだ。パイナップル? サトウキビ? やさしい甘みが身体に沁みる。
「あの橋、昨日は青かったのに、今日は赤いのはどうして?」
サザンゲートブリッジを眺めながら、客の誰かが言う。
「明日は晴れ予報ってことらしいですよ」とシカちゃん。
「赤く光るのって、コロナの頃思い出すから、ちょっとやだな」
「都庁とか、太陽の塔とか」
バーカウンターをゆるく囲むように並んだテーブルで吞む客たちは、よもやま話。
バーの名前は『Deerest』。シカと休息の造語、だろうか。ちなみに、シカちゃんの休息時間は、ほぼ「空にいる」という。パラグライダーが趣味で、自称「空飛ぶバーテンダー」。
「カンムリワシと一緒に飛んでます」
例えではなく、本当らしい。カンムリワシが飛んでいるポイントは、いい上昇気流があるから、人間たちもそのあたりを目指していく。
「飛ぶのがあまりに気持ちよすぎて、営業しないときがあります。ごめんなさい」
そんな時は、空からスマホで「お休み」のお知らせをするという。
今、シカちゃんには目指すものがある。八重山で獲れる果物を、ふんだんに使った酒造りだ。さっき呑んだ「ヤエヤマ ピーチパイン」も、八重山農林高校とのコラボで生み出したそう。
もっと本格的にいろんなお酒をつくり出すために、蒸留所を立ち上げると決めた。そのため、『Deerest』はとてもとても寂しいけれど、年内で閉めてしまうらしい。
シカちゃんの造ったお酒を飲める日が来たら、また石垣に飛んで来なくては。いや、その前に、『Deerest』でもう一度呑むのだ。
■『Deerest』
軽トラを利用した屋台バー。
[住所]沖縄県石垣市美崎町1-7 優田前駐車場にオープン
[休み]不定休。台風や悪天候の日
[営業時間]オープン時間は当日17時半頃(InstagramまたはFacebookにアップ)
※2023年内にクローズ予定だが、はっきりとした日程は未定、今後の予定はSNSをチェックのこと。『Deerest』で飲んでみたい方は、ぜひ早めに石垣へどうぞ!
『Deerest』がクローズの時は、姉妹店『美鹿』(石垣市美崎町13-8)へ。こちらもとても居心地のよい素敵なバーです。
取材・撮影/本郷明美
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