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失明というハンデを乗り越えて、奇跡のホールインワン

歳月が流れて、やがて引退したウォルドラン夫妻は以前からフロリダに求めてあった小さな家で第二の人生を過ごすことになった。

フロリダもテキサスに負けないゴルフ天国、2人にとっての理想郷のはずが、1978年、疾患が引き金となって彼女は不意に失明する悲劇に見舞われる。

「もうゴルフができない! 生まれて初めて私は声を上げて泣きました。すると夫が言ったのです。バイロン・ネルソン直伝の秘密練習法を忘れたのかね? 

次の瞬間、ハッとしました。ある日の練習でバイロンが秘密めかして呟いた言葉を思い出したのです。自分のスウィングをチェックするのに最高の方法は、両目を閉じて振ってみることだと。そうだと思いました。私は闇の中でひと筋の光明と出会い、夫の助けを借りて再び好きなゴルフが始められたのです」

1990年3月18日、信じられないドラマが発生した。家の近くにあるフロリダ州アメリアアイランドのロングポイントGCに出掛けた夫妻は、燦々と降り注ぐ太陽を浴びながら、いつに変わらぬプレーに熱中していた。

7番レディース・ティは87ヤード、例によってピートが旗の位置と風向きを教え、フェースを目標に合わせると、ティの上にボールを乗せてから74歳の彼女に7番アイアンを手渡した。それからアドレスの最終チェックを済ませると、剽軽(ひょうきん)な口調で言った。

「発射準備よし!」

放たれた白球は紺碧の空に舞い上がり、旗竿と重なって落下したあと、小さく弾んでカップの中に吸い込まれた。

「いつも彼は、実況アナウンサーのように方向と弾道を逐一報告してくれますが、そのときに限って、よし! よし! と叫ぶだけ。

次にウワァーと叫んで、いきなり私を抱きしめたのです。ただならぬ気配で私にも何が起きたのかわかりました」

奇蹟はさらに続く。その翌日、興奮冷めやらぬ夫妻が同じコースに到着すると、待ち構えていた友人にコース関係者まで加わってキスと抱擁でもみくちゃだった。

ようやくスタートしたあとの12番、105ヤードまでやってくると、追い風だったこともあって彼女は再び7番アイアンを手にした。目標にフェースを合わせながら、夫のピートが歌うように言った。

「夢よ、もう一度。さてホールインワンのための準備よし!」

次に演じられた光景は、まるでビデオの再現だった。舞い上がった白球はピンの手前に落下したあと、再び見えない糸にたぐり寄せられたのである。2日連続、まさかのホールインワンが誕生したのだ。

「何か叫びながら、いきなり彼が抱きついた勢いで私たちはティグラウンドに倒れてしまったのです。本当に何が起きたのか、私にはわからなかった。ようやくホールインワン達成だと知ったとき、これは彼得意の冗談だと思いました」

冗談どころか、連続の快挙はギネスブックにも記録された。

偉大なる彼女は自らのハンディを乗り越え、全盲の身でありながら1ラウンド平均「100」のスコアを保って75年の高潔な人生をまっとうした。

快挙は、天が与えたもうた勲章だったに違いない。


(本文は、2000年5月15日刊『ナイス・ボギー』講談社文庫からの抜粋です)

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夏坂健

1936年、横浜市生まれ。2000年1月19日逝去。共同通信記者、月刊ペン編集長を経て、作家活動に入る。食、ゴルフのエッセイ、ノンフィクション、翻訳に多くの名著を残した。毎年フランスで開催される「ゴルフ・サミット」に唯一アジアから招聘された。また、トップ・アマチュア・ゴルファーとしても活躍した。著書に、『ゴルファーを笑え!』『地球ゴルフ倶楽部』『ゴルフを以って人を観ん』『ゴルフの神様』『ゴルフの処方箋』『美食・大食家びっくり事典』など多数。

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おとなの週末Web編集部 今井
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