天皇家の食卓

収穫を感謝する「加薬うどん」 美智子さまと雅子さま夫妻で交わす大切な重箱

天皇、皇后両陛下「清流の国ぎふ」文化祭にて(撮影=JMPA 2024年10月5日)

11月23日は国民の祝日「勤労感謝の日」。この日は戦前までは、その年の収穫を神々に感謝する大祭日「新嘗祭(にいなめさい)」だった。五穀豊穣を感謝し、国の繁栄と国民の幸せを祈る新嘗祭は、宮中で行われる祭祀の中でもっとも重要なものとされている。祭祀は夜行われる。天皇陛下は夕刻から深夜まで祭殿にこもって、祈願されるのである。「新嘗祭」などの祭儀が終了するまでのお長夜をお過ごしになるときに、天皇陛下(今の上皇陛下)と美智子さま、皇太子殿下(今の天皇陛下)と雅子さまご夫妻が、お互いの元にお届けになるのが「加薬(かやく)うどん」であった。今回は、国民の豊かな食を祈られる天皇家の物語である。

画像ギャラリー

11月23日は国民の祝日「勤労感謝の日」。この日は戦前までは、その年の収穫を神々に感謝する大祭日「新嘗祭(にいなめさい)」だった。五穀豊穣を感謝し、国の繁栄と国民の幸せを祈る新嘗祭は、宮中で行われる祭祀の中でもっとも重要なものとされている。祭祀は夜行われる。天皇陛下は夕刻から深夜まで祭殿にこもって、祈願されるのである。「新嘗祭」などの祭儀が終了するまでのお長夜をお過ごしになるときに、天皇陛下(今の上皇陛下)と美智子さま、皇太子殿下(今の天皇陛下)と雅子さまご夫妻が、お互いの元にお届けになるのが「加薬(かやく)うどん」であった。今回は、国民の豊かな食を祈られる天皇家の物語である。

国の農業の奨励のため、天皇陛下自らが稲を育て収穫する

日本の農耕文化の中心は、稲作である。昭和2年、昭和天皇はこの日本人にとってもっとも大切な食べ物である米を、皇居内の水田で育てられ始めた。以来、天皇陛下が稲を自らの手でお育てになる「御親栽」は、農業の奨励のために、昭和天皇から上皇陛下、令和の天皇陛下に受け継がれている。

大手門 渡櫓門(わたりやぐらもん)

2024年5月14日、天皇陛下は皇居内の生物学研究所脇の水田で田植えをされた。植えられたのは、うるち米の「二ホンマサリ」と、もち米の「マンゲツモチ」の苗である。午前11時ごろに長靴を履いておよそ240平方メートルの水田に入られた陛下は、4月にご自分で種もみを蒔き、15~20センチメートルに育った苗をあわせて20株植えられた。

ことのほか暑い夏や豪雨といった厳しい天候にもかかわらず、稲穂は美しくたわわに育った。9月4日になると、稲刈りが行われた。午後3時半ごろから、天皇陛下は長靴を履いて田んぼに入り、鎌を使って20株の稲を刈り取られた。この時収穫された米は、11月に行われる「新嘗祭」などで使われるのだ。陛下は慣れた手つきで稲を刈り取られ、たっぷり実った稲穂を見て微笑まれた。

皇居、紅葉山御養蚕所にて (C)宮内庁2024年6月4日

五穀豊穣と国民の幸せを祈願される祭祀「新嘗祭」は夜に行われる

11月23日になると、「新嘗祭」行われる。これは宮中でのもっとも重要な祭祀とされる。宮中三殿の西につながる神嘉殿において、天皇陛下がその年にできた新穀を皇祖や神々にお供えされ、五穀の豊穣を感謝されるのである。食は国民を支える一番大切なもの。その恵みにお礼を述べられるのだ。そして、国の繁栄と国民の幸せを祈願されたのちに、陛下もお供え物を召し上がる。

「新嘗祭」には、陛下が栽培されたご新穀もお供えになる。陛下が種もみを蒔かれ田植えをし、刈り取られた稲は、宮中祭祀のうち11月23日の「新嘗祭」、2月17日の「祈年祭」でお供えになる。また、皇室の祖先神である天照大御神をお祀りする伊勢の神宮で10月中旬に行われる「神嘗祭(かんなめさい)」では、根のついたままの稲穂をご神前にお供えされる。

天皇、皇后両陛下「清流の国ぎふ」文化祭にて(撮影=JMPA 2024年10月5日)

宮中三殿では、年間に約60近くの祭祀が行われている。そのうち、天皇陛下がお出ましになる祭祀は、20回にも及ぶ。宮中祭祀は、通常夜に行われる。宮中祭祀には、身を清める潔斎や、祭服への着替えでも多くの時間を必要とする。こうしたお姿は、地方へのお出ましなどのご公務として公表される日程からは、わからない。陛下をはじめとする皇室の方々は、国民が知らないところで、人々のために夜を徹して祈り続けられているのだ。

インスタグラムの宮内庁公式アカウント

夜長のおつとめの体を休める、温かな具たっぷりのうどん

「新嘗祭」の日、天皇陛下と皇后陛下が召し上がるのは、ご朝餐(ちょうさん)、ご昼餐(ちゅうさん)、ご夕餐(ゆうさん)のすべてが和食になる。ご夕餐のときには、白酒(しろき)と黒酒(くろき)が供される。これは「新嘗祭」で供えられる特別な御神酒である。白酒は白濁した酒で、黒酒は久佐木(くさぎ)という植物を蒸し焼きにし、その炭を白酒に加えたもので、黒灰色をしている。

午後6時ごろから、天皇陛下は宮中三殿の西につながる神嘉殿(しんかでん)で祭儀に臨まれる。まず6時から2時間にわたって「夕(よい)の儀」を行われ、さらに午後11時ごろから「暁(あかつき)の儀」にお出ましになる。すべての祭儀が終わるのは、日をまたいだ午前1時ごろとなる。

この時、皇后陛下は祭典が終わるまでお慎みになり、天皇陛下と同じ時間に離れた部屋から神に遥拝される。ご参列の皇族方は前庭から拝礼される。かつて天皇陛下が皇太子浩宮さまだったころには、上皇陛下(当時は天皇陛下)とともに神嘉殿においてご拝礼されていた。浩宮さまが宮中祭祀を休まれたことは一度もなかったという。天皇陛下に即位されてからは、さらに自覚を深めて国民のために祈願され続けている。

上皇ご夫妻 (C)宮内庁

かつて上皇陛下が「新嘗祭」に臨まれていたころ、祭儀が終わるまでのお長夜をお過ごしになる折には、天皇陛下と美智子さま、皇太子浩宮さまと雅子さまは「加薬(かやく)うどん」のお取り交わしをされていた。菊の御紋が入った梨地の重箱の上段に加薬(具)、下段にうどんを詰めたものを、お互いの元にお届けあうのである。

うどんは、美しく白い太めの手打ちうどん。平成30年の「新嘗祭」の折の加薬は、湯引きあひる、才巻海老の天婦羅、紅葉しんじょ、いちょう大根、菊花にんじん、末広竹の子、木の葉しいたけ、ほうれんそう、粒銀杏が折り目正しく重箱に詰められていた。たっぷりのだし汁で煮込んだら、さぞかし体にやさしいうどんになることだろう。

2024年の11月23日、人々の豊かな食を祀るこの日が、陛下にとっても国民にとっても、穏やかで暖かな夜であることを祈りたい。(連載「天皇家の食卓」第26回)

インスタグラムの宮内庁公式アカウント

参考文献/『宮中 季節のお料理』(宮内庁監修、扶桑社)、『天皇皇后両陛下の80年 信頼の絆をひろげて』(宮内庁侍従職監修、毎日新聞社)、宮内庁ホームページ

※トップ画像は、天皇、皇后両陛下「清流の国ぎふ」文化祭にて(撮影=JMPA 2024年10月5日)

文・写真/高木香織
たかぎ・かおり。出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから眞子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、『日めくり31日カレンダー 永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅―未来へー』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。

画像ギャラリー

関連キーワード

この記事のライター

関連記事

講談社ビーシー【編集スタッフ募集】書籍・ムック編集者

【難読漢字】地名当て かの有名な物語の里

【11月22日】今日は何の日? 辛い!おいしい!美容にうれしい!

名古屋のコーヒーは量が多い!?コーヒー好き女優・美山加恋がモーニングでその真相を知る

おすすめ記事

“タワマン”の日本初の住人は織田信長だった? 安土城の「天守」ではなく「天主」で暮らした偉大な権力者の野望

芝浦市場直送の朝締めホルモンは鮮度抜群 高円寺『やきとん長良』は週末の予約は必須

不思議な車名の由来は「ブラックボックス」 ”ミレニアム”に鳴り物入りでデビューした革命児の初代bB 

大分県に移り住んだ先輩に聞く(2) 移住でウェルビーイング「移住とはコミュニティの中でその想いを受け継ぐこと」

収穫を感謝する「加薬うどん」 美智子さまと雅子さま夫妻で交わす大切な重箱

講談社ビーシー【編集スタッフ募集】書籍・ムック編集者

最新刊

「おとなの週末」2024年12月号は11月15日発売!大特集は「町中華」

全店実食調査でお届けするグルメ情報誌「おとなの週末」。11月15日発売の12月号は「町中華」を大特集…