「好き」を応援してくれるご両親のもとでのびのび育つ
小さなころにはクヌギやコナラの林でカブトムシを探し、その幼虫を育てられた。烏山椒の葉につくアゲハチョウの幼虫を見つめ、賑やかに鳴くセミや飛び跳ねるバッタを追いかけるなど、さまざまな虫に興味を抱かれた。
やがて、悠仁さまの昆虫への関心は、トンボに集約されていく。小学生になると、ご自分の指より大きいトンボを手に取り、間近で複眼や翅や肢の特徴や、放したトンボの飛び方を観察して「これは何だろう」「なぜだろう」「どうしてだろう」と昆虫図鑑で調べるようになった。
紀子さまは、悠仁さまが成年を迎えられた2024年、お誕生日に際しての文書でこう回答されている。
「長男が幼稚園や小学校低学年のとき、水分補給係とトンボ見つけ隊の一人として、リュックサックを背負って一緒に野山の水辺のある場所へよく出かけた夏の日を懐かしく思い出します。……暮らしの中で出会ったことや昆虫などを観察していたときの『あっ!』と思う気持ちから始まり、それが探求や創造へとつながっていく体験のひとコマがひとコマが、今の本人の成長へとつながり、支えているのだとつくづく感じています」
小学生のころから続けてきたトンボ類の調査は、やがて高校生になると専門家と「赤坂御用地のトンボ相」と題した学術論文として発表。京都市で開かれた昆虫学の国際学術会議では、皇居のトンボの生態を報告するポスター発表に参加されるまでになった。
秋に稲穂の上を飛び交うトンボは古名で「秋津」といい、大和の国は秋津島とも呼ばれたという。豊かな実りを願う人々の心が込められているのかもしれない。
悠仁さまが生まれながらに「昆虫が好き」であることに、ご両親がお小さいころから気づき温かく見守られたのは、悠仁さまにとって幸いであった。知りたい想いを遮られることなく応援してもらえる環境だったのである。


