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発表後2カ月で予約終了

これまでモーターショーでの反響が大きくて市販化したモデルはたくさんある。しかし、スズキX-90など、実際に市販してみると売れなかったというモデルも少なくない。それに対しBe-1は1万台の限定販売とはいえ、1月に正式デビューしてから爆発的人気となった。その人気ぶりは、発表後2週間で限定台数の60%に当たる6000台を受注し、発表の2カ月後の3月12日には予約終了のリリースを出したほど。ユーザーからはカタログモデルにしてほしい、追加販売してほしいという要望が多数出たようだが、ユーザーを長期待たせることのデメリットを察知しての英断だろう。

横浜スタジアムではリリーフカーとしても大活躍

この時に日産は予約したユーザーに関するデータを公表。それを紹介すると、計画では約25%を見込んでいたキャンバストップの人気が高く約40%だったという。驚くのは予約者の約80%が男性だという点だ。男性名義で奥さん、娘のクルマをオーダーすることがあるとはいえこれは意外なデータだ。しかも男女合わせて24歳以下が約25%で30歳未満が約50%ということで若者から支持されたことがわかる。20代でクルマを買う人は少数派となっている現代と比べると若者のクルマに対する関心の高さがハンパない。

こんな爆発人気の限定車だったがゆえ、当時のクルマとしては珍しく中古でビックリするような高い値付けをした個体も多数出現。そしてそれが売れていたのだ。

オープンエアを満喫できるキャンバストップは日産の想定以上に人気

クルマ界のブランドビジネスのパイオニア

Be-1を語るうえでデザイン、コンセプト以上に注目すべき点がある。それはブランドビジネスだ。日産はBe-1発表の2日後に『Be-1ショップ』を開店。場所は今も昔もオシャレさんが集う南青山(東京都港区)の一等地。若い男女のデートスポットにもなった。Be-1 のロゴの入ったTシャツ、トレーナーなどアパレル関係、キーホルダー、ステッカーなどの小物も人気だった。大学生だった筆者はクルマは買えないけど友人、彼女と何度か行ったことがある。

Be-1ショップではいろいろな関連グッズが販売されていた

日産のBe-1オリジナルグッズは多数用意されていたが、それを上回る数の異業種コラボが凄かった。実はBe1を発表してから、異業種からのBe-1ブランドの使用許諾要請が相次ぎ、業界の枠を超えたライセンス展開が行われた。

ミニカー、ラジコンカーといったものは珍しくなかったが、SEIKOのBe-1ウォッチ、ミズノのスポーツウェア、三菱鉛筆の文房具などなど、日産は30社近い企業とライセンス契約を結んでいたという。

Be-1のミニ四駆も人気。忠実に再現していてまったく違和感がない

Be-1は新たなチャレンジを成功させた名車

月産400台で1万台を販売する計画だったBe-1だが、増産により予定よりも早く1988年5月に1万台の生産を終え、残るすべての予約者へ年内の納車を完遂。それに伴いBe-1ショップは1988年6月に閉店。依然人気があったためお役御免と言ったところだろう。

日産はクルマ界ではいち早くブランドビジネスに着手して成功させた

1980年代後半は日本車の性能が飛躍的に上がり、誰もが高性能車を欲しがった。そんななか、性能ではなく感性でクルマを選ぶというスペック至上主義へのアンチテーゼ的モデルだったともいえるだろう。

限定販売、日本のクルマ界初ともいえる本格的な版権ビジネスという新たなチャレンジを成功させたBe-1は、その功績が讃えられ2021年に日本自動車殿堂歴史遺産車に認定された。

日産のパイクカー戦略の第4弾がフィガロで、こちらも大人気
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【日産Be-1主要諸元】全長:3635mm全幅:1580mm全高:1420mmホイールベース:230…
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市原 信幸
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