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五輪代表切符をかけた代表選考会は、有力選手がけん制し合い、スローペースで始まることが多い。そんな常識を覆したのが、ソウル五輪(1988年)の代表選考会、1987(昭和62)年12月6日の第41回福岡国際マラソンだ。ライバル・瀬古利彦の欠場に「這ってでも出てこい」と言い放ち、ライバルへの対抗心を力に変えた中山竹通(たけゆき)の爆走劇を振り返る。

14kmから一人旅、史上最高の「ワンマンショー」

瀬古利彦と宗茂、猛兄弟が三つ巴の争いを演じたモスクワ五輪代表選考会(1979年12月2日の第33回福岡国際マラソン)を日本マラソン史上最高の「死闘」と評するのなら、中山竹通がぶっちぎりで独走したソウル五輪の代表選考会は史上最高の「ワンマンショー」ということになるだろう。

福岡市の風景 beeboys@Adobe Stock

なにしろ最初の5kmを14分35秒、次の5kmも14分30秒と序盤からハイペースで突っ込み、14kmまでに全選手を振り切ると、中間点を1時間1分55秒で通過。現在、鈴木健吾が持つ日本最高記録のペースを上回っていたのだから恐れ入る。さすがに35km過ぎからはピッチが鈍り、ゴールタイムは2時間8分18秒。それでも気温が5度を切り、みぞれ混じりの冷たい雨が降りしきる悪条件の下で、2位に2分26秒の差をつけたのだから、まさに異次元の独走だった。「日本のエースはオレだ」といわんばかりの走りっぷりは、このレースを欠場した瀬古への当てつけのようでもあった。

中山竹通と鈴木健吾のタイム比較

瀬古や陸連への思いが表出した?

この選考会を振り返るには、レース前の「騒動」に、触れないわけにはいかない。中山の「這ってでも出てこい」発言である。

ソウル五輪の代表選考にあたっては、福岡で3人を選ぶ一発勝負とすることが決まっていた。しかし直前になって有力候補の一人、瀬古が足の故障により欠場を発表。すると陸連は1988年2月の東京国際マラソン、3月のびわ湖毎日マラソンも対象レースに加えることを決めたのだ。

瀬古の「救済策」のような、この対応に世間では賛否両論が渦巻いた。そこに飛び出したのが中山の「這ってでも出てこい」発言だった。事の真相は、記者から瀬古の欠場について問われた中山が「僕ならば、這ってでも出てきますけどね」と答えたことが、曲解され広まってしまったということのようだが、中山が瀬古や陸連に対して腹を据えかねていたのも事実だった。後年、中山は次のように語っている。

「福岡一本で決めるとなったらそうするのがルールでしょう。それがスポーツの常識。スポーツというのはそのときに強かったり勝った人がチャンピオンであって、次にやったらチャンピオンになれるとは限らない。そのスポーツの当然のルールをぼくは言っただけですよ」(中山竹通『挑戦 炎のランナー中山竹通の生き方・走り方』自由国民社、2000年3月刊)

至極正論。中山は率直な物言いで注目を浴びる、直言アスリートのさきがけでもあった。

pavel1964@Adobe Stock

「先行逃げ切り」は瀬古への対抗心

学閥や実業団閥が幅を利かせた当時の陸上界にあって、中山は「異端児」だった。高校時代は駅伝部に籍を置いたがほぼ無名、卒業後の実業団入りは叶わず、アルバイトをしながら走り続けた。新興実業団のダイエーに入部すると、強烈な個性と負けん気で頭角を現し、25歳で日本最高をマーク。雑草魂を地で行った。

故にエリートへの対抗心は強く、早大-ヱスビー食品とエリート街道を歩んできた、当時の日本マラソン界の第一人者、瀬古をライバル視するのは当然の成り行きではあった。中山の代名詞ともいえる先行逃げ切りのレースパターンも、瀬古への対抗心から生まれたものだ。

「瀬古さんが最後のトラック勝負で勝つなら、自分はトラックを出たところで勝つという形に変えていけばいいと」
「30kmすぎからスパートしてきれいに勝つマラソンが出来るのは天才だけで、自分のように能力も素質もない選手が勝つためにはいきなりメチャクチャにして、相手にパニックを起こさせるしかないと考えました」(『Number』905号(2016年6月30日)「日本記録保持者7人連続インタビュー『男子マラソン低迷の問題点(5)中山竹通』」)

瀬古との直接対決に圧勝し、五輪切符を手にする――。常々、現役でいるうちは一番を目指したいといってきた中山にとって、ソウル五輪代表選考会は、打倒・瀬古の集大成になるはずだった。しかし瀬古は欠場。やりきれない思いが、鬼気迫るペース度外視の爆走につながったのは想像に難くない。

中山竹通マラソン全成績
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石川哲也
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